【公国の守護者】 Fire氏 宇宙世紀0079年 12月31日 10:30 ア・バオア・クー要塞にて ジオン公国軍のエギーユ・デラーズ大佐が指揮する艦隊の旗艦「グワデン」艦長を務めるオグマ・フレイブは狼狽する上官の姿を眺めていた。 先刻もたらされた通信内容が明らかになってからというもの、艦橋内の誰もが一言も発せずにいた。 デラーズの顔は誰もがわかるほど青ざめており、さすがに普段から厳しいこの上官も、ショックを隠すことができなかったようだ。 いや――むしろそうだからこそ、内面は情け深い男なのだろう。まして通信の内容を考えればこの男が憤らないはずがなかった。 「何ということだ!ギレン閣下が亡くなられるなど、そんな馬鹿なことがあってたまるものか!」 デラーズは憤怒の形相で猛り狂っていた。 「あの雌狐め、とうとう馬脚をあらわしおったな。許さんぞ!絶対にな!」 雌狐とはキシリアのことだろう。兄妹の確執は軍内部でも有名だった。ましてやこの時期にギレン総統が死亡するなどタイミングが良すぎた。 だが、いつまでもこの場の最高指揮官に動揺されていては全将兵が路頭に迷う。だからオグマは訊ねた。 「これからどうされますか、デラーズ大佐?」 声をかけられて少しは落ち着いたのか、デラーズはゆっくりとした動作で姿勢を正した。 「ギレン閣下が亡くなられた以上、この場で奮戦する理由はない。我々はまだ戦える。グラナダにも、本国にも兵力は温存してある。とりあえず、グラナダに撤退するぞ」 デラーズは命令を下した。 「全艦これより出港準備、準備が終了次第グラナダへ向かう!」 デラーズ麾下の艦艇が急いで出港準備をしている途中、伝令が慌てた様子で来た。 デラーズ大佐は報告を受け取ると、慌ててMSの格納庫へ向かった。すでにグワデンの出港準備は整っていたので、オグマも艦内点検を理由について行くことにした。 MSの格納庫へ到着すると、そこには歴戦のMSパイロットがいた。アナベル・ガトー少佐、ソロモンで縦横無尽に暴れまわった屈強のエースだった。 だが、今のガトー少佐には到底そのような威圧感は無かった。身体の所々を負傷しており、巻かれた包帯が痛々しさを増している。 母艦を撃沈され、自身も負傷したというのに、再度出撃するつもりだったらしい。 だが、この状態では死にに往くようなものだった。いや、というよりも死にたがっているのかもしれない。 すでにジオンの敗色は濃厚だった。すでに勝利の可能性が絶たれて久しい。誰も口には出さないが、本音ではみんなわかっていた。 しばらくすると、ガトー少佐はデラーズ大佐に説得されたのか、出撃を断念したようだった。デラーズ大佐は安心したのか、再び艦橋に戻っていった。 オグマは目の前で項垂れる男に興味を覚えて話しかけた。 「よう、残念だったな」 唇を噛み締めて頭を垂れていたガトーは、キッとオグマを睨みつけた。 「ああ、無念だ。だが、このままで終わりはしない。私は必ず連邦を打ち倒す」 凄まじい気迫だった。何がこの男をここまで駆り立てるというのか、オグマは疑問に思った。 「そうは言うがな、すでに戦局は決している。アナベル・ガトーともあろう男がそんなことに気がつかないとは言わせんぞ」 「そんな事はわかっている。だが、ここで私が折れれば、ソロモンで散った同胞が浮かばれんのだ」 なるほど、とオグマは納得がいった。この男は自分が生き残った事を悔いている。母艦を撃沈されたということだから、仲間はほとんど全滅したのだろう。 これは贖罪なのか。だから死に急いでいたのか。 「死んだ仲間たちもあんたには生きていてもらいたいと思ってるだろう。たとえ戦争に負けても生き残り、別の手段で連邦からの独立を勝ち取ろうとは思わないのか?」 ガトーは即座に首を横に振った。 「思わない。話し合いではジオンの独立は成らなかった。だからこそ我々は立ち上がったはずだ」 ガトーの言い分はもっともだった。そして、この男も自分と同じく、不器用な生き方しかできないのだとわかった。 オグマ自身はギレン・ザビの唱えた「優性人類生存説」など信じてはいなかった。それは、選ばれた民であるジオン公国国民によって地球圏が管理運営されてこそ人類は生き残ることができるとする思想だったが、オグマはそれを真に受けるほど傲慢ではない。 同様にジオン・ダイクンの唱えたニュータイプ論も信じてはいなかった。 オグマは単に私欲と金権闘争に明け暮れる無能な連邦の政治家よりは、宇宙に住んでいる政治家の方が宇宙のことを真剣に考えられるだろうと思っていただけだ。連邦の豚に比べればザビ家の方がまだマシだった。少なくともザビ家はジオン国民のことを考えていた。連邦政府にとってはサイド3など、ただのコロニー地区のひとつにすぎないだろう。 そして何より、エギーユ・デラーズのことが好きだった。あのような立派な高級軍人は連邦にはまずいまい。そして、ギレン閣下も優秀な人だったろう。 そうでなければ、デラーズ大佐が心酔するわけがないのだ。 無能な連邦の糞ったれどもに従うなど二度とごめんだった。 「では、俺たちはこれより戦友だ。これから先、何があろうとも連邦には屈しない。生きている限り戦い続けよう」 オグマはガトーに手を差しのべた。だが、ガトーは再び首を振った。 オグマが突き出した掌を収められずに困っていると、ガトーは初めて優しげな微笑を浮かべてこう言った。 「今更、誓うまでもない。私と貴官はこの戦争が始まった時から戦友なのだ」 翌日、ジオン本国の内閣は公国制の破棄を決定、ジオン共和国臨時政府を樹立し、地球連邦政府と終戦協定を結んだ。 エギーユ・デラーズは徹底抗戦を唱え、公国軍の残党を集めてデラーズ・フリートを結成、共和国と袂を分かった。 ジオン共和国は承認されたが、それが真に独立と言えるものなのかは定かではない。 確かなのは、この後もコロニー住民の不満は絶えなく残り、争いが続いたということだけである。