【世紀末武闘伝 シャイニングガンダム】 Fire氏 第7話「弱き心を砕け! 悪党へのレクイエム」 「ここか・・・・・・」 アキラはデスアーミーの街中にある鉄塔に辿り着いていた。 入り口の重い扉を押し開け、中に入ると、そこには仁王像もかくや、と思われるほどの激憤にかられた表情をした石像が、中央の通路の両側に何体も鎮座していた。 アキラはゆっくりと、一歩ずつ足を運んだ。石像が威圧するように、こちらを睨んでいる。やがて、アキラは立ち止まると、すぐ真横にある石像へ蹴りを放った。 「キェェェェイッ!」 石像の顔面に命中すると、砕け散った石面の奥から人の顔が姿を現し、倒れ伏した。 ――ゲルマン忍術か。 アキラは同じ要領で残りの石像を片っ端から砕いていった。隠れていようがいまいが、お構いなしである。全部破壊した方が手っ取り早くて安全だ。 アキラが動きを止める頃には、部屋には跡形もなくなった石片と、レッドベレーの死体だけが散乱していた。 奥の螺旋階段を登り、頂上付近に着いた。ふたたび扉を開けて部屋に入ると、そこはがらんどうになった広間だった。 床にはアキラの手配書が落ちており、左手の壁には、壮大な絵画が飾ってあった。アキラはその絵に描かれている男を見て慄然とした。 その絵画には、玉座に座った長髪の男が描かれており、こちらを見下ろして笑っていた。マーク・ギルダー、アキラの怨敵とも呼べる相手だ。 「やはり、そう――」 アキラはすぐさま、その場を飛び退いた。着地して振り返ると、先刻までアキラのいた場所に、ひとりの男が立っていた。 赤いベレー帽を被り、悠然と立つその男は、右目に眼帯をしており、無事な方の眼からは、凍えるような冷気を放っていた。 「貴様が胸に手形の男か。俺の名はオグマ・フレイブ。デスアーミーの指揮をするカーネルだ」 「俺の名はアキラ。キングを倒すために旅をしている」 「キングを倒すだと? バカな、あの方はこの地獄を治めるべく降り立った神だ。貴様如きが倒すなどと口にするのは、笑止千万だな」 「おまえを地獄に送る前に訊きたいことがある。キングの居場所はどこだ? 何故あの男に従い、このような狂ったことをしている?」 「フ・・・この俺を倒せるつもりか。おもしろい、俺に勝ったら教えてやろう!」 オグマは跳躍し、窓から飛び降りた。 「来い! ガンダムシュピーゲル!」 落下するオグマの身体をかっさらう影があった。その影は、そのまま鉄塔を蹴って跳躍し、地面に降り立った。 その機体は、型式番号GF13-021NG「ガンダムシュピーゲル」だった。様々な殺人術を身につけ、ゲルマン忍術を極めたオグマにとって、最良の機体だった。 シュピーゲルの蹴りによって倒壊する塔からアキラも脱出した。空中を垂直に降下しながら、右手を掲げ指を弾く。 「でろぉぉぉ――! シャァァァイニング! ガンダァ――ム!!」 空からシャイニングガンダムが出現し、アキラを回収する。 「テイッ! ヤァッ! とりゃあ!」 そのまま空中を降下しながら、パンチ、回転蹴り、最後にハイキックを決めながら華麗に一本の脚で着地した。最後に蹴りを放った脚を下ろすと、ファイティングポーズを決めた。 「さあ、いくぞ!」 「おうッ!」 「ガンダムファイト!」 「レディィィィィィィ!」 「「ゴォ─────ッ!!」」 シャイニングガンダムとシュピーゲルの拳が真っ向からぶつかった。 「中々やるではないか!」 「そちらこそ!」 再びパンチを放つが、これも正面からぶつかり合う。ひるまず、連続で攻撃する。右ストレート、左フック、ローキック、再び左パンチ・・・・・・すべての攻撃が鏡合わせのように同時に繰り出され、互角に打ち合った。 両者共に一旦、距離をとり、間を置いた。シャイニングガンダムは右腕をシュピーゲルへ向けた。 「シャイニングショット!」 アームからビームが放たれる。そのビームショットは、狙いを違わずシュピーゲルに命中した。その反動でシュピーゲルが大きく仰け反った。 「やったか?」 だが、仰け反ったかに視えたシュピーゲルは、そのまま機体を中心にして回り始めた。両腕からシュピーゲルブレードを出しながら回転し、それが高速回転になり、やがて竜巻のように嵐となった。 「そろそろ勝負を決めさせてもらうぞ! 喰らえ! シュツルム! ウント! ドランクゥゥ!(疾風怒濤!)」 「なんの――っ!」 シャイニングガンダムがシャイニングフィンガーを放つ。両者の必殺技が真っ向から激突した。 「ヌゥゥゥゥゥ!!」 「グァァァァァ!!」 シュピーゲルの攻撃が、徐々にシャイニングフィンガーを削り取っていく。やがて、マニピュレータを完全に破壊されたシャイニングガンダムは、竜巻攻撃を胴体に何度も受けて吹き飛ばされた。 「うわぁぁ〜〜!」 シュピーゲルが回転を止めた。 「どうだ。これでもまだ、神に逆らうつもりか? やめておけ、おまえに勝ち目はない」 仰向けに倒れながら、アキラは尋ねた。 「・・・・・・何故だ? 何故、おまえほどの使い手が、ギルダーに仕えているんだ?」 「まだ喋る元気があったか。まあいい、これも布教の一環だ。教えてやる」 オグマは滔々と語り始めた。 ガンダムファイトによる戦争の消滅。それは、人類が請い願った夢の実現だった。一国の軍隊よりも一機のGFの方が強いという歴とした事実がこれを実現させた。 この時代のガンダムとは、核兵器に代わる戦略兵器となったのだ。 すでに、国防軍の意義は失われつつあった。宇宙空間によって定められた国境のため、国境紛争が消えた。ある国では、ただでさえギリギリの財政で自国のコロニーを建造していたのに、わざわざネオ・タケシマなどという島型コロニーを無理して建造し、財政破綻して消滅したコロニーもあったが、そんな常人の想定外を行って、楽しませてくれる国は例外だった。(最も有名な第13回大会で、その国のコロニーが登場しなかったのは、そういう理由である) オグマが率いるレッドベレーは、精密な戦闘機械の集団であり、高潔な軍人たちだった。だが、各国の軍隊は、第13回大会のデビルガンダム事件の際、ネオジャパン・コロニーを乗っ取ったデビルガンダムコロニーによる、地球滅亡の危機に手も足も出せず、非難と罵声の嵐を受ける日々が続いていた。 「オグマ隊長!」 オグマを呼んだのはビリー・ブレイズだった。 ――またか。 オグマはいつもの調子で、この血気盛んな部下を宥める決意をした。 「我々は日々、訓練に励んでいます。ですがこんな事に意味があるのでしょうか? 国家はガンダムファイトに傾倒し、国民からは軽んじられ、我々の存在意義など、どこにも見当たりません」 ビリーに限らず、皆が思っていることだった。なまじ、レッドベレーのメンバーは高潔でプライドが高いために、そのような扱いがつらかった。 「意味ならある。我々は存在するだけで、国防を担っているのだ」 果たして本当にそうか? オグマは心の中で自問した。だが、部下にそのような迷いを見せるわけにはいかない。オグマははっきりと言った。 「百年兵を養うは一日の為だ。我々が疎んじられるという事は、それだけ世界が平和であるということだ。何よりもありがたいことじゃないか」 この努力は、決して無駄ではない。この時は、そう信じようとしていた。 「どういうことですか!」 オグマは通信端末のコンソールを叩きつけながら、メインスクリーンに向かって怒鳴った。スクリーンには、オグマの上司である将軍が映っていた。 『言ったとおりだ。増援は送れない。君達は現有戦力でデビルガンダムの相手をしてくれ』 「しかし、DG細胞は今も無限に広がっているのです。兵力はいくらあっても足りません!」 『まさに、それが原因だよ。増援を送っても、その兵士が新たなデスアーミーになってしまう。はっきり言えば、終わりがない。よって、政府はこれ以上の感染拡大を防ぐことに決めたのだ』 「地球を見捨てるつもりですか?」 『現状ではそう思ってもらっても構わない。とにかく、君達は全力を尽くしてくれ』 そこで通信が途絶えた。オグマは唾を吐いた。 「クソがッ!」 百年兵を養うは一日の為、その日が訪れてしまったというのに、レッドベレーは敵に全く歯が立たなかった。 ガンダムヘッドによる攻撃で、警備隊はあらかた全滅し、無事な者もDG細胞に感染してゾンビ兵へと変わってしまった。 機械にも感染するDG細胞は、これまでの生物兵器対策の概念が通用しない未知の細胞だ。 軍隊など、デビルガンダムの前では無力に等しかった。いや、軍隊だけではない。今回はガンダムファイター達によるコロニー連合でさえも全滅した。コロニー規模だった前回の事件と違い、地球規模で寄生するデビルガンダムを相手に、たった数百名のファイターで何ができるというのか。奴は人々が平和を貪る間に、ゆっくりと少しずつ地球の内部に根を張っていたのだ。 なるほど、地球を完全に破壊するつもりなら、ガンダムファイターが数十人もいれば可能かもしれない。だが、そんなことはできるわけがない。結局、無限に再生するデビルガンダムを相手に疲労が蓄積し、一人、また一人と倒れていった。 唯一の方法があるとすれば、前回のように敵の核を潰すことだが、この広い地球からどうやって見つけ出すのか。増援なしでは不可能だ。 オグマは叫びたい気分だった。もはやどうしようもない、誰でもいいからヒーローが現れてこの事態を解決してくれ。 だが、現実にそんな者は存在しなかった。 オグマは廃墟となった街で、瓦礫に囲まれながら立ちつくしていた。全滅した。誰一人助けられなかった。 「隊長・・・グ・・・グエッ」 わずかに生き残った部下のビリーが泣いていた。いつもならば、きつく咎めるところだが、今はそんな気にはならなかった。泣きたいときに泣けるのは素晴らしいことだ。こんな時でさえ、泣くことも許されない、自らの立場が煩わしかった。 いったい何が悪かったのか。日々の訓練は何のためだったのか。忠誠を誓った国家は、地球を、下層民を見捨てた。 オグマの胸中を何とも言えない虚脱感が支配していた。 そこでふと、気がついた。我々はDG細胞に感染していない、これは鍛え上げられた精神と肉体による恩恵ではないのか。 そうだ、生き残れなかったのは、そいつが弱かったからだ。現に我々はこうして生きている。何も気に病むことなど無い、これは単に弱肉強食のダーウィニズムの結果なのだ。ならば、皆がもっと強ければ問題はない。 オグマの内部に、狂気という名の甘い誘惑が浸透していた。 「そして、俺はついにキングと巡り会った。あの方こそ強さを体現した究極の形。まさに神に等しき御方だ。この世は強い者が統べねばならん。そのことは、デビルガンダムが証明してくれた。強者のみの国、それこそがこの新しい時代にふさわしい国なのだ」 シャイニングガンダムは起きあがると、半壊した右腕を再生した。すぐに再構成され、元通りになる。 「なるほどな、奴の強さに感化されたか。だが、あんたは間違っている」 「バカが! まだわからんのか。現に貴様は俺に勝てないではないか。勝つ者が正しいのだ。死ねば、そんな戯れ言もほざけなくなる」 「本心からそう思っているのか? 何もかもがつらすぎて、強さへの信仰にすがりついてるだけじゃないのか?」 「黙れぇぇぇ!!」 ガンダムシュピーゲルが回転した。コマのように高速回転する黒い竜巻が、再び襲いかかろうと牙を剥いた。 シャイニングガンダムの肩部、腕部、脚部、頭部装甲がオープンした。だが、これは怒りのスーパーモードではなかった。かといって、明鏡止水でもない。第3の新たなスーパーモードだった。しかし、アキラはその微妙な変化に気づくことはなかった。 「俺の声が聞こえないのか? ならば貴様の歪んだ信念! 心して打ち砕いてみせよう! いくぞッ!」 シャイニングガンダムの右マニピュレータが淡い輝きを放った。 「俺のこの手が光って唸る!」 ガンダムシュピーゲルが更に回転を加速した。 「おまえを倒せと輝き叫ぶ!」 「砕け! 必殺! シャァァァイニング! フィンガァァ――!!」 「シュツルム! ウント! ドランクゥゥ――!!(疾風怒濤)!!」 両者が再び激突した。今度のシャイニングフィンガーはなかなか砕かれなかった。先ほどの一撃とは拳に宿る信念が違う。しかし、それでも最後には力尽きた。 「まだまだぁぁぁ――!」 右手首を失ったシャイニングガンダムは、再び左のシャイニングフィンガーを放つ。 両手を使ったシャイニングフィンガーの猛襲にさすがのシュツルム・ウント・ドランクも衰えを見せた。回転が次第にゆるやかになり、もう少しで止まるかに思えた。 だが、シャイニングガンダムの左マニピュレータに亀裂が入った。 「フハハハハ! 惜しかったな、おまえの負けだ。やはり最後は力がすべてだということだ」 アキラは焦ることなく相手の動きを見ていた。そして、回転をゆるめるガンダムシュピーゲルの機体、そのただ一点を見据えた。 「視えた! そこだ!!」 左マニピュレータをそのままに、一歩踏み出して無事だった右肘を、その一点へ向かって繰り出した。 「ぐはッ!」 コックピットに突き刺さった肘撃は見事に決まり、シュピーゲルを吹っ飛ばした。追い打ちでそのまま頭部をガッチリと掴む。 「俺の勝ちだ!」 半壊したコックピットの中から、息絶え絶えのオグマが呟いた。 「フ・・・見事だ。どうやら、おまえの方が強かったようだ」 「まだ、そんなことを言うのか?」 「変わらんよ。おまえも、完膚無きまでに敗北すればわかる。国家に裏切られ、守るべき民を失った苦しみ、到底他人に理解などできまいよ・・・・・・約束だ、受け取るがいい」 シュピーゲルからシャイニングガンダムへデータが送り込まれた。 「そのデータに地図が載っている。そこにキングの住むサザンクロスの位置が描き込まれているはずだ」 「何か言い残すことはないか?」 「何も・・・・・・敗者はただ、消え去るのみだ」 ガンダムシュピーゲルが爆発と共に砕け散った。 「オグマ・・・・・・」 惨めに敗北し、最愛の人に裏切られたアキラには、少しだけ彼の気持ちが理解できた。アキラとオグマの違いは、守るべき約束があるか否か、それだけだったのだ。あの時、自分を奮い立たせたのは、とある誓いだった。もしもあの日、進むべき道を見失っていたら、自分もどうなっていたかわからない。 立ちつくすシャイニングガンダムの背後で、この戦いの一部始終を見届けていた男がいた。その男の手首には、ブラック・ジョーカーの紋章が刻まれていた。 「まさか、カーネルまで敗れるとはな・・・・・・これでキングも本気になることだろう」 その男は、一瞬で姿をかき消した。後には、砂塵が混じる冷たい風だけが残っていた。