【EGG】 359氏 モニターを通じて見る宇宙は真っ暗だった。 時折、あちらこちらで光を感じる。あれは、ビームライフルを撃ったときの光、あれは…機体が爆発した光。 一瞬の迷いやミスが、すぐ死に繋がるシビアさ。自らの一挙手一投足が戦況に影響する。 だから、とにかく冷静に。ターゲットをしっかりと狙って、撃つ。それをやれば勝てる。そう心に言い聞かせる。 それでも、引き金を引く指が少し震えている。だが、ここで慌ててはいけない。一つ、二つ、…三つ。タイミングを計り放たれた光線は、目標を貫く。 「ターゲットの破壊を確認、作戦は成功です。」 無機質なオペレーターの声が耳に入る。自らの手で掴んだ勝利…今はただ、その充実感に浸っていた。 … …… ………「もしもし?」 「…え?…何?」 「『何?』じゃないよ、メシはいいのか?ってきいてたの。ヒトの話聞いてなかった?」 「あ、…ゴメン。」 突然、現実に引き戻され、頭の中がパニックになっている。そんな様子を見て、声をかけた男は軽く笑いながら話を続ける。 「そんな調子じゃあ、大方エースパイロットにでもなった夢でも見てたか?」 「…悪い?」 見ていた夢を当てられた少年は、少しバツの悪そうな目で準備をする相手の方を見ていた。 「…悪かあないな。そういったことは人間誰しも憧れるってもんよ。」 そういいながら、身支度を済ませる。 「じゃあ、オレは先行くから!」 「あ、待ってよ…」 「遅い!オレはもう腹減ってるの!」 人間が宇宙へと生活圏を広げて100年以上が過ぎた。 しかし、その歴史を振り返ると常に戦争と束の間の平和を繰り返して来た。 いつ生まれるとも分からない新たなる戦争の火種。その前に行動を、つまり平和な今にこそ次なる戦争の準備をするのであった。 このコロニーには明日のMSパイロットを目指す若者達が集まり、日々鍛錬を繰り返す学校のような施設となっている。 普通の学校の授業も行えば、もちろんMSの操縦術も学ぶ。 ここからさらに士官学校へと進みエリートコースを歩むものもいれば、ここで一兵士としての人生を決めるものもいる。つまり、兵士としては全てのスタート地点になっている場所と言える。 「おう、遅かったじゃないか」 未だ寝ぼけ眼の少年に話しかける男の食器は半分近く既に綺麗になっていた。 「トニー、仕方ないでしょ?さっさといっちゃうんだもん。」 「まあまあ。シェルド、これ貰って良い?」 「…ダメに決まってるでしょ。」 シェルド、と呼ばれた少年は虎の子の食事を死守せんとがっつくように食べ始める。 「おうおう、食い意地張っちゃって。」 トニーという男は、シェルドの皿に残っている食事を恨めしそうに見ながら、それでも未練たらたらに言った。 「で、今日は何やんだっけ?」 「…ボクは午前は授業があるから。午後は…えーと、模擬戦闘ってなってるよ。」 ここで説明すると、一口に候補生、と言ってもその年齢にはかなりの幅がある。 二人を例に挙げれば、シェルドは中学からそのままこの施設に来たし、トニーは大学を辞めてここに入ってきた。 他にも、若い頃の夢よもう一度、とやってくる中年もいれば本気でお国のために、と志して来るものもいる。 つまり、ここは老若男女問わず入りたいという人は誰でも歓迎という施設であるのだが、その過酷さゆえ止めていく人も跡を絶たない。 行きはヨイヨイ、帰りはコワイ。形容するとそのような施設なのである。 さて、朝食を終えたシェルドは部屋へと戻る。 トニーはやることがあるとかで一人でどこかへ行ってしまった。 まだ、授業までの時間はあるので特にやることも無く、やりたいこともない。 仕方ないのでもう一度寝てみよう。ひょっとしたら、もう一度夢の続きが見れるかも知れない… しかし、彼のその願いは彼の部屋に訪れた訪問者によって脆くも崩れ去っていくのであった。 「よっ、シェルド!」 ジュナス・リアム。シェルドのクラスメイトにして、唯一無二の悪友である。 彼がこの時間、シェルドの部屋にいる ―こういった時は、ジュナスがシェルド宿題を見せて欲しいからと相場が決まっていた― 「…また今日も?」 諦め半分に話すシェルド。体は今日の宿題がどこにあったかを思い出そうとしている。悲しい性である。 「ん、まあな。」 「でも、あの宿題って三日前じゃ…」 「このジュナス・リアムにとって、今日の模擬戦のためにコンディションを整えることが最重要事項なんだだよ!」 なぜか意味も無く威張るジュナス。 「そう、じゃああなたはこの三日宿題もせずに寝ていたりしていたの?」 「おう!まあ、仕方が無いことだからな!ハッハッハ…ん?」 今の問いの主は、シェルドではない。それをジュナスは気づいた。 どこか大人っぽく、穏やかな中にも悲しげな声。二人は恐る恐る振り返る。 そこに立っていたのは、彼らのクラスの担任であり、今日の宿題を出した張本人、エターナ・フレイルその人だった。 シェルドの予想通り、こってりと叱られるジュナス。 その気持ちは同情半分と、なにも自分の部屋でやらなくても…という戸惑いが半分であった。 さて、彼らの担任でもあるエターナ・フレイルは叱る、と言っても怒鳴ったり、ましてや暴力に出るようなことはない。 泣く、ただひたすらに泣くのである。その美しい顔が泣き顔になると、クラスの男性陣にはだれでも罪悪感が襲ってくる。 ジュナスはその中でもトップクラスの“泣かし屋”であった。ただ、彼は泣かしたくてやっているわけではないことを書いておく。 そうこうしているうちに授業が始まる時間になっていた。 「…じゃあ、これからは気をつけてね…」 顔を泣き顔でグシャグシャにしながらジュナスに念を押すエターナ。その顔を見れば誰でも思わず「ウン」とうなずかせる力があった。 だが、エターナがクラスに入ってくるときには、すでに朝のことなどまるでなかったかのような態度と顔でやってきていた。 「みなさん、おはようございます。さて、今日は午後から模擬実戦がありますが…その前に勉強、しっかりと頑張ってくださいね。」 女性は強い。そんなことをシェルドは思いつつ、机の前の教科書に向かうのであった。 それから数時間後―教室には机に突っ伏すジュナスが居た。 「うー…もういや…」 彼がシクシクと泣いているのを尻目に、シェルドは幾分現状を飲み込んでいない。 実は今から三十分前… 午前の授業が終わり、壇上にはエターナ・フレイルが立っている。が、その顔はどこかいつも以上に悲しい顔をしている。 「実はね…今日の模擬訓練、このクラスのみんなで行うわけだけど…ランクCよ」 ランクC。ここでは戦闘技術の高さからランク分けがなされており、上からA、B、Cとなっているのである。 ちなみに、シェルド達がランクF。三つ上の相手とは十中八九負け、それも惨敗を意味していた。 「ちなみに、負けたときはいつものように基礎反復練習からやり直し。それはわかってるわね?」 つまり、勝てなかったらまた一からやりなおし。地獄のような日々がまた一ヶ月… 「時間は今から一時間半後。遅れないでね。」 そういってエターナは教室を後にした。残ったのはすでに意気消沈した若者たちだけだった。