【半熟兵士と踊る空】692氏  マーク・ギルダーの駆るスーパーガンダムは、ブリッジからの指令を無視するかのように、見当違いの方向へ向かっていた。   「マーク、どこへ行くつもりなのですか。目標地点はそちらではありませんよ」  スクリーンに、後ろからついてきているニキ小隊長の顔が映る。声に怒りはない。説明を求めている口調だ。  「誰かが呼んでる気がするんだ」  マークは少しの間言葉を選んだ後、自信なさ気に言った。  「呼んでいる、ですか」  「来い、か? いや……助けてくれ、か? 漠然とした感じでね。正確には分からない」  「そうですか」  「悪いな、はっきりしなくて」  謝罪するマークに、ニキは微笑んでみせる。  「あなたの勘は信用していますよ。大丈夫、デスアーミーは着いてきているようです。このまま速度を緩めなければ作戦時刻までには間に合う計算なのでしょう?」  「状況にもよるがね。ありがとよ、隊長殿」  二機はしばらくの間、宇宙を飛び続けた。不意に、ニキが呟くように言う。  「もうすぐ、第三小隊からの連絡が途絶えた宙域に入りますね」  「ああ……あれか!?」  前方に、何かが見えてくる。いくつものMSの機影。その全体像をとらえたとき、マークは愕然とした。  「これは……」  ニキも驚愕に言葉を失っていた。  彼らの周囲に、デスアーミーの残骸が無数に漂っている。その破壊のされ方が尋常ではない。  「これは……明らかに強い力で引き千切られていますね」  「こっちは頭が粉々だ。ミンチ・ドリルで砕いたってこうはならん。本当にMSがやったのか?」  「分かりません……マーク!」  ニキが短く叫ぶより前に、スーパーガンダムはその場から退避していた。ビームが過ぎ去っていく。振り向くと、金棒型ビームライフルを構えたデスアーミーの姿が。  マークとニキが同時にビームライフルを構える。しかし、銃口から光が飛び出す直前に、デスアーミーの胸部をビームサーベルが刺し貫いた。デスアーミーの背後に、蒼い機影。  「三隊の……ブルーディスティニー……?」  BD一号機は滑らかな動きでビームサーベルを引き抜き、胸から火花を散らしているデスアーミーを横に蹴り飛ばす。宇宙に炎の花が咲く。その光に、BD一号機の蒼い機体が照らされる。  「……では、この状況はシスが……?」  「分からん。隊長、デスアーミーがこちらに追いつくまでにはどのぐらいだ?」  「およそ五分ほどと推測されますが」  「なら、それまでに何とかしないとな」  ニキが息を飲んだ。  「しかし、あれはシス・ミットヴィルでしょう? 第三小隊の……」  「そうだ。そのはずだ。だが」  マークは瞳に力を込めて、BD一号機の赤い目を睨む。パイロットスーツに包まれた手に、汗が滲んだ。  「あれはやばい。そう感じる。思わずトリガーを引きたくなるんだよ、こうやって向き合ってるだけでもな」  「危険、ということですか?」  「そんな生易しいもんじゃない。全身が叫んでるんだ。奴を壊せ、早くあいつを消し去ってしまえって……!」  その瞬間、突如BD一号機がマシンガンを持ち上げた。ほとんど反射的に、マークとニキが回避運動を取る。スーパーガンダムの腕部を銃弾が掠めた。  「今の照準……正確にコックピットを狙っていた!?」  ニキが驚愕する。マークは機体を動かしながら歯噛みした。  「殺す気満々ってか!? そっちがその気なら!」  マークもビームライフルを打ち返す。コックピットを直撃するコース。しかしBD一号機は、それを軽々とかわしてみせる。  「馬鹿な、あんなタイミングで!?」  「マーク、今、コックピットを!」  「あっちが最初にやってきたんだろうが!」  自分でも不思議なほどに、マークは激昂していた。その間にBD一号機は動き出す。凄まじい速度だ。肉眼ではその機影を捉えることすら危うい。  「クソッ、本当に人が乗ってるのか!?」  ニキがハッと息を飲んだ。  「これはまさか……EXAMシステム!?」  「エグザムだと!?」  執拗にスーパーガンダムを狙ってくる射線を避けながら、マークが叫び声で問い返す。  「BD一号機に搭載されているという……しかし、この動き……機体のスペックを完全に上回っている!?」  ニキが驚愕するも、それに答える余裕はマークにはない。尋常でない速度で追いすがってくるBD一号機の動きに対応ので精一杯だ。  「何かに取り憑かれてるような……!」  「シス、シス! 聞こえますか? シス!?」  ニキが通信をいれようとしているが、シスからは返答がないようだ。マークは舌打ちした。  「隊長、もう今さらだろうが、撃墜の許可をくれ」  「しかし……!」  「何があったか知らないが、こっちだって落とされる訳にはいかないだろうが!」  「行動不能には出来ないのですか?」  「出来ればやっている!」  マークは声を荒げて切り返す。BD一号機が蒼い軌道を描いて肉薄してくる。スーパーガンダムとBD一号機のビームサーベルが同時に引き抜かれ、打ち合わされる。その時、マークの頭の中で声が響いた。  ――壊れろ!  ――止メテ!  「なにっ……?」  マークが目を見開く。BD一号機の胸部バルカンが火を吹いた。スーパーガンダムの腕部装甲が、一部吹き飛ばされる。  「マーク!」  「無事だ!」  ニキの声に短く答えて、マークはBD一号機を蹴って距離を取った。  「今の……二人の……女の声?」  「え?」  「隊長、時間はあと一分はあるよな?」  「え、ええ」  「奴の足を止めてくれないか?」  マークの声に冷静さが戻ってきていた。一瞬の間を置いて、ニキが頷く。細かい質問も打ち合わせもない。体勢を立て直したBD一号機が、再び突進の姿勢を取った。  「GO!」  マークの合図で、スーパーガンダムとガンダムMKWが同時に動いた。動こうとするBD一号機を、ニキがビームライフルで牽制する。蒼い機影がその場で硬直する。マークは機体をBD一号機目掛けて突進させた。  「遅いか!?」  BD一号機に取り付く寸前、マシンガンの銃口がスーパーガンダムに向けられた。しかし、射撃の寸前に左右からビームが飛来し、マシンガンを吹き飛ばした。ガンダムMKWのインコムだ。  ――ファンネルもどきが!  苛立った声がマークの頭で響く。今度は一人だ。  「もっと近くへ……!」  マークは理解しがたい衝動に駆られて、スーパーガンダムの手をBD一号機のコックピット部分に押し当てる。  ――ワタシに触れるな、化け物!  ――ワタシカラ離レテ!  「誰だ……誰なんだ? お前は誰だ!?」  BD一号機のバルカンが火を吹く。機体に絶え間ない衝撃。ニキの危機的な声が遠くなっていく。マークは意識を誰かの声に集中し、襲い来る死への誘いの中、静かに目を閉じた。  いつしか、マークは不思議な静寂の中に抱かれていた。  「……どこだ、ここは……?」  薄らと目を開く。目の前に、無数の星が煌く宇宙が広がっていた。しかし、見慣れたものとは違う。  「蒼い……宇宙……」  呟きが口から漏れた。どこまでも果てしない、蒼い宇宙。微笑みを浮かべて眠る夜のような、静かな温かさが胸に満ちていく。  ――アナタハ誰?  どこからか声が聞こえてくる。マークは自然に言葉を返した。  「俺は……マーク・ギルダー。お前は……?」  ――ワタシハ……ワタシハ誰?  「俺が聞いてるんだよ」  マークは少し笑った。声が不思議そうに問い返してくる。  ――オカシイノ?  「自分のこと、分からないのか?」  ――オカシイネ。  声が微笑む。  「ここはどこなんだ?」  ――ウチュウ。  「蒼い、宇宙?」  ――ウチュウハ蒼イヨ。  「そうなのか? ……そうなんだな」  マークはしばらくの間、黙って蒼い宇宙を眺めていた。周りには誰もいないが、誰かが寄り添っている気がした。寂しくはない。しかし、手を一杯に伸ばしてみても、指先が何かに触れることはない。  ――サミシイ。  声が悲しげに呟く。  「そうか?」  ――ウン。  「お前が、EXAMか?」  マークは聞いた。何故だか、唐突だとは思わなかった。誰かが首を横に振った。  「じゃあ、お前は誰だ?」  迷うような気配。  ――ワタシハ――  蒼い宇宙が弾け飛ぶ。マークの意識が一瞬遠のいた。  マークは、突如目の前に現れたBD一号機の姿に息を飲んだ。既に動きを停止した蒼い機体からは、先ほどのような禍々しさが消えていた。  「マーク、無事ですか!?」  ニキの声。振り返ると、ガンダムMKWがインコムを収納しながら近付いてくるところだった。  「隊長……俺は、どのぐらい意識を……?」  「え? 何の話ですか?」  ニキの困惑した声。聞くと、スーパーガンダムがBD一号機の胸部に手を押し当てた瞬間、二機が同時に停止してしまったらしい。  「その直前まで、BD一号機はバルカンを撃っていましたから……大丈夫ですか?」  「ああ……空気漏れもないし、貫通もしてない」  「そうですか、良かった」  ホッと息を吐くニキ。マークはBD一号機から視線を横にずらした。闇を抱く宇宙。  「……蒼い訳がない、か」  「え?」  「いや……それより、パイロットは無事なのか?」  「……マーク、さん」  通信。BD一号機から。消耗した様子のシスがスクリーンに映る。息が荒い。  「……申し訳、ありませんでした……」  俯いたシスが、震える声でそれだけを口にする。マークはその小さな姿に目を細めて見つめた。  「記憶は、あるんだな」  「はい」  マークは再び、機外の暗い宇宙に目を移す。  「あれは、お前なのか?」  「……分かりません。システムを起動させたのはワタシですが」  シスの返答に、マークはため息を吐く。  「そういう意味じゃ、ないんだがな」  「え?」  「シス、先ほどのブルーディスティニーの動きは……」  ニキが口を挟んでくる。  「やはり、あれがEXAMシステムなのですか?」  「はい。いくらかは、お二人もご存知かと思いますが……」  シスは手短に話し始めた。運動性や攻撃力を飛躍的に高め、MSを戦闘マシーンに仕立て上げるシステム。自分がそのテストパイロットであり、それを知っているのはエルンスト隊長しかいなかったということ。  「でも、まさかお二人に襲い掛かってしまうなんて……」  「いえ、狙われたのはマークだけです」  「……では、マークさんはニュータイプなのですか?」  「ええ、そう聞いていますが……何故そんなことを?」  「EXAMには、ニュータイプを感知すると暴走する性質があるらしいのです。詳しいことは聞かされていないので分かりませんが……」  「それにしても凄い力だった」  ポツリと、マークは呟いた。  「あんな物が量産されでもしたら、デスアーミーなんかに手間取ることはなくなるだろうに」  「それは、あり得ないと思います」  シスが静かに断定する。  「EXAMは、使用者の精神と肉体に強い負担をかけるんです。ワタシの前に乗っていた人たちは、ことごとく廃人に……」  ニキが息を飲む。マークは舌打ちした。  「そんな危険な代物に、子供を乗せるなんてな……恐れ入る」  「いえ、ワタシは違うんです」  「違う?」  次の言葉を言うまでに、シスは数秒の間を要した。  「ワタシは、EXAMを操ること……それだけを目的として作られた……人形です」  シスの声は静かだったが、必死に抑えようとしている震えが、隠し切れずに滲み出ているようでもあった。怖がっているのだ、とマークは思った。  「使い物にならなかったEXAMシステムを、有効利用するために、肉体と、精神の、強化を」  「もういい」  うんざりしたように、マークが話を遮った。  「そんな話はどうでもいいんだ。そんなことより、問題はこれからどうするかだ」  シスがびくりと肩を震わせた。そして、瞳に浮かぶ恐怖の色を振り払うように、彼女は口を開く。  「……はい。いかなる処分も覚悟……」  だが、その言葉はニキによって遮られた。ニキはマークに向かって頷き、言う。  「そうですね。デスアーミーが追いつくまでもうほとんど時間がありません」  シスが驚いて顔を上げる。しかし、そんなことなど気にも留めないように、マークはスクリーンの片隅に目をやった。  「正確には……もう一分もないか?」  「おそらく」  「なら、さっさと行くとしよう。シス、機体の動作に問題は……」  シスは、二人の会話を聞いて呆然としていた。マークは眉根を寄せた。  「シス?」  「あの、ワタシの処分は……」  「処分?」  マークは大袈裟に肩を竦めてみせる。  「未完成のよく分からんシステムが誤作動を起こしただけだろう? それが何でお前を処分する話になる?」  「しかし、ワタシはお二人を……」  「大したことじゃないさ。実際何ともなかった訳だからな」  「そうですね。別段珍しいことでもないですし」  ニキも済まして同意する。  「だから、いちいち人に話すような話でもありませんね?」  「そうだな。ごくありふれたつまらん話だ。戦場ではよくある」  「そんなはずはありません!」  半分ムキになって、シスが反論する。顔がわずかに紅潮していた。  「こういったことは報告して、艦長の処断を……」  「言ったろう、つまらん話だと。エターナ艦長はああ見えて気が短いからな。退屈が話をして怒られたくない。そう、つまらん話だ。だから……」  「あなたがそんな辛そうな顔をしてまで話すことではないと。そういうことですよ」  ニキが、シスを安心させるように微笑んだ。  「それよりも、すぐに帰艦しますから、手早く機体のチェックを済ませてくださいね」  「しかし」  「行動は迅速に!」  ぴしゃりと遮るニキ。シスは顔を伏せた。  「はい」  ありがとうございます、という小さな声と共に、通信が切れる。  ニキが、憂いを含んだ表情で言った。  「サイコミュ系兵器の開発チームは、EXAMシステムの開発チームと仲が悪いと、聞いたことがあります」  「そして、今ウチの会社で力を持ってるのは前者の方、か」  マークはため息を吐いた。  「あんな子供が派閥闘争に巻き込まれるとはね」  「そもそも、こんな危険な場所に来ていること自体が問題なのですよ」  「全く、世の中これ以上ないぐらいに異常だな」  マークが愚痴るように言ったとき、いつもの無表情に戻ったシスがスクリーンに現れた。  「あの、ニキ小隊長」  「問題はありませんか?」  「はい。帰艦命令が出ているのですか?」  「ええ」  「しかし、エルンスト隊長たちが……」  「そういえば、第三小隊の皆さんはどういった状況に置かれているのですか?」  「そうだ、いろいろあってすっかり忘れてたな」  二人の疑問の声に、シスが手短に事情を説明する。  「連絡があるまで待つことは……」  「もちろんそのつもりですが……マーク、大丈夫ですか?」  スーパーガンダムは、先ほどのBD一号機との戦闘で損傷を負っている。しかし、マークは余裕ぶって頷いた。  「大丈夫、このぐらいなら問題ない。あんな雑魚どもに遅れはとらん」  不意に、マークが機体を後退させる。そのすぐ前を、ビームの光が飛び去っていく。  「……こんな風にな」  三機が、マークたちが飛んできた方向を振り返る。金棒型ビームライフルを構えたデスアーミーの一群が、じょじょに迫ってきているところだった。マークとニキは、シスのBD一号機を守るようにその前方に展開する。  「マーク、敵を近づけないようにしてくださいね」  「ああ。せいぜい適当にあしらわせてもらおう……シス、よく分からんシステムは使うなよ」  「……はい」  シスの声が少し固い。ふと、マークは聞いた。  「そういえば、エルンスト隊長はそのシステムについてどのぐらい知ってるんだ?」  「多分、ワタシと同程度には」  シスの声が、また少し沈む。  「この機体の前のパイロットは、エルンスト隊長の同僚だったそうですから……」