【半熟兵士と踊る空】692氏  「ヒャッホ――ッ!」  サイコ・ドーガを取り囲むデスアーミーを、ビームライフルの乱射で正確に撃ち抜きながら、金色に輝く機体が宇宙を駆ける。  「サエンか!?」  「ご名答!」  デスアーミーとサイコ・ドーガのファンネルが放つビームを器用に避けながら、百式はアクロバットな軌道を描いて滑る。そんなことをやってのけながら、スクリーンに現れたサエンはウインクする余裕を見せた。  「お前、何でこんなとこに」  「いやぁ、ジェシカ隊長のお尻眺めてたらさぁ、レイチェルちゃんの泣き声が聞こえたんだよねぇ。で、飛んできたって訳」  「聞こえたって、お前、どんだけ離れてると」  言いかけて、エルンストはハッとカチュアのバギ・ドーガを見た。  「まさか、お前も」  「その通り! この俺、サエン・コジマはニュータイプ! 時代の最先端を華麗に駆ける、宇宙一の色男だぜ!」  予測不能な滅茶苦茶な動きで敵機を翻弄しながら、百式が立て続けにビームライフルの引き金を引く。闇を切り裂くビームの光が、一機残らずデスアーミーを貫いた。空になったライフルを投げ捨てたサエン機は、ビームサーベルを引き抜いてサイコ・ドーガに向かって突進した。  「来るなァ――ッ!」  ファンネルが、接近する百式目掛けて一斉にビームを放つ。錯乱したレイチェルの叫びに、サエンは、いつもの軽い笑いを浮かべてみせた。  「そんなに嫌がんなくてもいいじゃない。だけどそんなところがまた、俺のハートをガッチリキャッチだぜ!」  数条のビームを以てしても、百式を捕らえることはできない。一瞬動きを停止させたファンネルを、百式はすれ違い様に全て斬り捨てた。  「凄い……」  その光景を、第三小隊の面々はただ呆然と見守るしかない。やがてカチュアがポツリと呟いた。  「サエンって、ただの変態じゃなかったんだ……」  「どうよ、惚れ直したでしょカチュアちゃん? 感動のあまりムチューッとキスして抱きついてもいいぜ」  「それはイヤ」  「つれないなぁ……っと」  無駄口を叩きながらも、サエンは百式をサイコ・ドーガに取り付かせる。  「やだ、やだぁ……離れてよぉ……」  レイチェルが両手で頭を抱えてすすり泣く。  「恐いよぉ、皆がいじめるよぉ……お姉ちゃん、お姉ちゃん……」  「……やべぇ、何か新たな快楽に目覚めそう、俺」  「撃たれたくなきゃ黙れ、サエン」  「いや、本気で銃口向けないでよエルのおやっさん」  「変なあだ名で呼ぶな、ったく」  エルンストはため息を吐いた後、気を取り直したように指示を出した。  「ドク、カチュア、周囲の警戒を頼む。シス、エリスを起こすぞ」  「……いえ、大丈夫です、隊長」  ノイズ混じりの通信。エリスの声だ。  「エリス、目が覚めたのか」  「はい。ごめんなさい、通信装置を直すのに手間取っちゃって……」  「いや……機体は動かせないのか?」  レバーやスイッチをいじる音の後、ため息。  「……ダメですね。推進装置が全部破壊されてます」  「一瞬の交錯で、か? 並の器用さじゃねぇな……」  「……それよりも……」  「ああ、そうだった。状況は分かるか?」  「はい、何となくは……レイチェル? 聞こえる?」  コックピット内に蹲ってしゃくり上げていたレイチェルが、エリスの声を聞いてぱっと顔を上げた。  「お、お姉ちゃん? どこ、どこにいるの!?」  「リ・ガズィのコックピットよ。大丈夫、レイチェル?」  「うん、うん……怖かったよぉ、お姉ちゃん……」  レイチェルが目を拭い、ヘルメットを脱いだままコックピットハッチを開こうとする。百式は慌ててサイコ・ドーガの胸部を押さえた。  「あっぶなー。レイチェルちゃん、ちゃんとヘルメット被ってよ!」  「やだぁ、開けてよぉ! お姉ちゃんに会うのぉ!」  レイチェルが駄々っ子のように内部からハッチを叩く。エリスがそれをたしなめた。  「ダメよ、レイチェル。サエンさんの言うとおりにしなさい」  「……うん、分かった」  「いい子ね。偉いわ、レイチェル……」  エリスの声音はどこまでも優しい。  「……ふぅー、ど、どうなることかと思ったぜ……」  「良かったね、隊長」  「……ああ、まあ、な」  ドクの一気に気が抜けたような声と、カチュアの嬉しそうな声を聞きながら、エルンストもまた肩の力を抜いて答える。かすかに、安堵したようなシスのため息が聞こえてきた。  「じゃあ、私たちは一足先に艦に戻ってますね」  サイコ・ドーガのコックピットに乗り移ったエリスが言った。  結局、リ・ガズィは自走不能の状態だったので、ワイヤーでサイコ・ドーガに結びつけてけん引していくことにしたのである。  カチュアとドクとシスが周辺の索敵を続けているのを横目に、エルンストは頷いた。  「気をつけろよ。さっきみたいにデスアーミーに襲われる可能性だってあるんだからな」  「それは……多分、大丈夫だと思います」  「何で?」  「何となく、です」  「……そうか。なら、大丈夫なんだろうな」  「はい。それに、サエンさんも着いてきてくれますから……それはそれで別の危険を感じるんですけど」  「ハッハーッ! そう不安がるなよエリスちゃん! 何ならベッドの中までエスコートするぜ?」  「……そういうこと言ってっから……」  スクリーン越しに投げキッスしているサエンを見て、エルンストはため息を吐く。エリスは苦笑した。横から元気な声が割り込んでくる。  「安心してよお姉ちゃん、変態が何かしたらワタシがやっつけてあげるから!」  「ありがとうレイチェル。だけどちょっと離れてくれないと操縦しにくいから……ね?」  「やだ!」  レイチェルは、先ほどからずっとエリスに抱きついていた。離そうとすると泣きそうな顔をするため、エリスも強く出られないらしい。サエンはその二人の姿を、両手の人差し指と親指で作った四角形の中に収めて、ニヤニヤしていた。  「んー、いいねいいね、美少女二人による、お肌とお肌の会話! 最高だねー。芸術だねー。感動だねー。エリスちゃん、ちょっと画像保存させてもらってもいい?」  「いいですけど……握りつぶしますよ?」  エリスはニコリと笑った。サエンの笑顔が引きつる。  「何を……いやすんません調子に乗ってましたゴメンナサイ」  「はい、よく出来ました。それじゃ隊長、ワタシたち行きますね」  「おう。ほらサエン、お前もさっさと行けよ」  「フフン、このサエン・コジマにお任せあれ。艦に戻るまでに二人とも俺の虜に」  「一応言っとくが、エリスたちに何かあったらジェシカの姉さんにすり潰してもらうからそのつもりでな」  「ハハハ、ジョウダンキツイデスヨ」  サイコ・ドーガと百式の背中が遠ざかっていく。索敵を続けていた三機も、少しの間それを見守っていた。  「ねぇ隊長、レイチェル大丈夫なの?」  カチュアが不安そうな声で尋ねる。エルンストは眉根を寄せた。  「エリスがいるから、な……ま、心配ないだろうよ」  「そうかな……そりゃ、さっきよりはマシになってると思うけど……」  カチュアが首を傾げながら通信を切る。エルンストが黙っていると、突然プライベート通信が入った。  スクリーンに映ったサエンの顔を見て、エルンストは目を細める。  「何か用か?」  「またまた。分かってるんじゃないの?」  サエンは肩を竦めた。口調はそのままだが、声音は硬い。  「強化人間?」  一言だけ、聞いてくる。斬りつけるように鋭い瞳。エルンストは少しの間黙っていたが、やがて静かに頷いた。サエンは不機嫌そうに鼻を鳴らす。  「人工的なニュータイプね。気に入らないなぁ」  「俺だってそうさ……それだけか?」  「もう一つ。エリスちゃんとレイチェルちゃんの関係は?」  エルンストの目がさらに細くなる。  「何でそんなことを聞く?」  「前から気になってはいたんだよね。二人とも自分で姉妹だって言ってるけど、そもそも肌の色からして違うしさ」  「そうだな。だが、それだけじゃないだろ?」  「……さっきさ、泣き声が聞こえたって言ったじゃん?」  「ああ」  「お姉ちゃん、お姉ちゃんってさ……何て言うかな、こう、胸が締め付けられる感じだったんだよ。それで、いくら姉妹だからってあの取り乱し様はおかしいと思った訳さ」  エルンストは黙って聞いていたが、やがて疲れたように息を吐いた。  「お前の考えてるとおりだ。あの二人は本物の姉妹じゃない」  「やっぱりね。いや、実際おかしいよな、あんな美少女姉妹がそう滅多にいる訳ないし。それで、本物の姉妹じゃないとすると?」  「偽物の姉妹さ。レイチェルにとってエリスは、一種の精神安定剤なんだ」  「精神安定剤?」  サエンが片眉を上げる。  「そう。サエン、お前、レイチェル以外の強化人間、知ってるか?」  「……いや。そういえば、そういうのがいるらしいって聞いたことはあるけど、誰がってのは知らないな」  エルンストは張り付けてある写真を少し見てから、目を閉じた。  「いないんじゃなくて、いなくなったのさ。レイチェルは強化人間としてはかなり安定してる方だ」  「あれでか?」  「あのぐらいならまだいいさ。もっとひどいのを、俺は知ってる」  もう一度目を開けて、エルンストは写真を指で撫でた。  「で、レイチェルだ。それまでの奴等と同じで、レイチェルも強化されてすぐの頃はほとんど廃人同様の状態だったんだとよ。それが、エリスと一緒のときだけ」  「元気になった?」  「ああ。理由は分からない。レイチェルとエリスの脳波の相性が良かったからだとか、エリスのニュータイプとしての適性が高かったおかげだとか、研究者連中はいろいろ理屈づけようとしてるらしいがね……」  「ふーん」  サエンはその辺りにはあまり興味がないらしかった。エルンストは続ける。  「ともかく、それを知った研究者連中は、レイチェルはエリスの妹だっていう偽の記憶を、あの子に植え付けた」  「なるほどねぇ、相性のいい人間が本人の中でもっと身近な存在になれば……って訳か」  「そうだ。今のレイチェルはエリスに依存することで精神のバランスを保ってる。だから、さっきみたいな状況になると……」  「ボン、って訳か。美しい姉妹愛だねぇ、反吐が出るよ」  サエンが吐き捨てる。エルンストはほろ苦く笑った。  「それで、レイチェルちゃんはそのことを?」  「知る訳ないだろ。あの子は自分がエリスの妹だってことを少しも疑ってない」  「エリスちゃんは?」  「あいつは……一生懸命なんだな。レイチェルの姉をやってやるって」  「偽物の記憶なんだろ? いつまでも続けられるのかね?」  「それでも、止める訳にはいかないのさ。レイチェルを救ってやるにはそれしかないってな。不器用な奴なんだよ」  どこか辛そうに語るエルンストの言葉を、サエンは黙って聞いていたが、やがて肩を竦めた。  「さて、と。そろそろ通信切るよ。あんまり声かけないもんだから、エリスちゃんたちが不審に思ってるみたいだしさ」  「ああ。護衛の方は頼むぜ」  「分かってるよ。今の話聞いたら尚更、な……ああ、そうだ」  通信を切りかけたサエンが、思い出したように訊ねてきた。  「エルのおっさん、ひょっとして強化人間関係でかなり辛い思い出、ない?」  エルンストは一瞬目を見張り、写真に視線をずらした。  「何故そう思う?」  「何となく、だな」  エルンストは苦笑した。  「ったく、ニュータイプって人種は、何聞いてもそう返してきやがる」  「昔のお仲間にもいたの?」  「ああ。おかげであの頃は散々変態扱いされたぜ」  「あ、ちょっと親近感」  「死ぬほど嫌だ」  「ひどいなぁ。今、お仲間は?」  「……いなくなっちまったよ、皆」  エルンストは肩を竦めた。サエンは満足したように頷いた。  「ありがとよ。あ、最後にさ」  「何だよ、まだあんのかよ」  「これで最後だって。……何で、今みたいなこと、全部俺に話してくれたんだ?」  エルンストは一瞬言葉に詰まった後、からかうように笑った。  「さぁてね。何となくってことにしとくか?」  「おい……っとと、やべぇ、とうとう通信入ったよ。……それじゃ」  「おう」  「あーあ、それにしても研究者連中がうらやま……いや憎たらしいなぁ、あんな可愛い子の体にいろいろ好きなことしたなんて」  「アホ」  二人は笑い合い、通信を打ち切った。人の声の絶えたコックピットの中、エルンストは目を閉じて困ったように微笑んだ。  「ホント、何でかねぇ……自然に話せちまったんだよな。あいつがどことなくお前に似てたせいか? なあ、クレア……」  索敵を終えたらしいカチュアが接近してくる。エルンストは通信回線を開いた。  「ちょっとー、ワタシたちにばっかりやらせてないで、隊長も働いてよー」  カチュアの頬を膨らませた顔がスクリーンに映る。エルンストは苦笑で答えた。  「悪い悪い……で、どうだった?」  「おそらく、この周辺にはデスアーミーはいない……と思われます」  断言しかねる様子で、シスが報告する。エルンストは腕を組んだ。  「はっきりしねぇな」  「すみません。目視できるところにいないのは確実ですが、先ほどのように突然出現することもあり得ますので」  「ふうむ」  エルンストは唸った。カチュアが不機嫌そうにむくれる。  「でもむかつくなー、レイチェルとエリスをあんなにされたちゃったのに、仕返しも出来ないなんて」  エルンストはちらりとカチュアを見た。  「カチュア、お前はどうだ、近くにいると思うか?」  「え? ワタシ? ワタシも見つけられなかったけど」  「見えるか見えないかじゃなくて、どう思うか、だよ」  カチュアは難問を解きにかかるように、眉根を寄せた。  「よく分かんないかなぁ。こう、いるような気はするんだけど、見てみるといない、というか」  「どっちにいるように感じる?」  「えーと、あっち?」  自信なさ気に、カチュアが何もない方向を指差す。エルンストは無言でそちらにビームライフルを撃った。打ち出された光の射線は、何物を穿つこともなく、暗い宇宙の闇に消えていく。  「た、隊長、何やってんだ?」  ドクの混乱した声。シスもカチュアも怪訝そうな顔をしている。エルンストは数瞬迷った後、説明した。  「いや、ひょっとしたら、連中が姿を隠してるかもと思ってな」  「まさか、デスアーミーが光学迷彩機能を備えたとでも?」  シスが驚きに目を見開く。エルンストは首を傾げた。  「断定は出来ねぇがな。エリスを攻撃した白い奴といい、デスボール撃破後に沸いて出たデスアーミーといい……今回は今までと何かが違う。奴等が新しい機能を備えてきた可能性は、十分にある」  「じゃ、じゃじゃ、じゃあ、その辺からいきなり敵が出てくるってこともあり得るのかよ!?」  「ないとは言い切れん状況だ。だから注意して索敵を続けてくれ。幸い、残ってた敵は第一、第二小隊の奴等が片付けちまったらしいから、五分ほどやって何もなかったら艦に帰還するぞ。いいな?」  「了解」  「わ、分かった!」  「OK!」  先ほどよりは緊張した動きで、三機がEz8から離れていく。エルンストはバギ・ドーガの背中を無言で見つめた。  「白い奴は、十中八九レイチェルがああなることを見越して襲ってきた……それは間違いない。そして、他の小隊には特におかしなことは起きていない……か。まさか奴等、ニュータイプを潰しに……?」  その時、視界の隅でビームが打ち出された。ハッと顔を上げ、エルンストは他のメンバーに向けて通信回線を開く。  「敵か!?」  「うん、いたよ!」  エルンストから一番離れた位置にいたカチュアが、バギ・ドーガのビームライフルを連射しながら答える。見ると、一機のデスアーミーが、背中を向けて逃げようとしていた。ビームの射線はその機影をわずかに逸れている。  「あーもう、すばしっこい……! 逃げるなこのぉー!」  カチュアが機体を発進させる。遠ざかるデスアーミーに向かって急加速。機影がどんどん小さくなっていく。エルンストは慌てて叫んだ。  「バカ、一人で先行するな!」  「ダメです、通信届きません!」  シスが早口で言う。エルンストは舌打ちした。  「追うぞシス……!?」  機体を加速させかけたエルンストが目を見開く。  放置された戦艦の残骸、小隕石の陰、漂うデブリの群……ありとあらゆるところから、数え切れないほどのデスアーミーが這い出るように出現したのだ。  シスのBD一号機もドクのギラ・ドーガも、反応できずに硬直している。エルンストにしてもそれは同じで、呆然と口を開いてその光景を見ているしかない。  「バカなッ……こいつら……そんな……!」  振り絞った声が震えた。  「たたたた、隊長! どど、どうすんだよ、こんな大勢に一斉に攻撃されたら……!」  ドクが半分涙混じりで騒ぎ立てる。  「これは……異常な事態、です……!」  シスも声に焦燥を滲ませながら、そう呟くのがやっとだ。三機はすっかりデスアーミーの包囲網に捕らえられてしまった。  しかし、デスアーミーたちはいつまで経っても攻撃してこない。ただ、一定の間隔を置いてエルンストたちを取り囲んでいるだけだ。  「何だ……?」  エルンストが疑問の声を発した時、シスが報告した。  「隊長、デスアーミーの布陣を……!」  「どうした!?」  「カチュアが向かった方向に、一番多くのデスアーミーが配置されているようです」  エルンストは鋭く息を飲んだ。  「まさか、カチュアと俺達を引き離すつもりで……!?」  「な、何でそんなことを!?」  ドクが喚く。カチュアもエルンストも、それに答えることはできなかった。  「考えてる場合じゃない!」  叫んで、エルンストが前方に突進しかける。それに瞬時に反応して、デスアーミーの一機が金棒型ビームライフルを放った。明らかな威嚇。エルンストは息を荒げ、膝を握り締めた。  「……ククッ、やってくれんじゃねぇか。また邪魔してくれるって訳だ。どうあっても通さないってか? この化け物どもがぁっ!」  激昂し、ビームライフルを上げかけたEz8を、BD一号機が手で制する。  「隊長、落ち着いてください」  奇妙なほどに冷静なシスの声。エルンストは歯軋りした後、大きく一つ息を吐いた。  「すまん」  「いえ。ワタシも、気持ちは同じです」  シスの声は淡々としていたが、そのすぐ裏側に隠しきれない激情が潜んでいた。そして、  「隊長、ワタシが隙間を作りますから、その間に突破を」  「……システムを使う気か?」  「はい」  迷いなく、シスが答えた。モニター越しに視線が交差する。強い覚悟。エルンストは重々しく頷いた。  「危険になったら退避しろよ」  「大丈夫です。副隊長もレイチェルもカチュアもいない以上、僚機に危険を及ぼすことはありません」  「お前のことを言ってるんだ」  「必要ありません」  エルンストは口を開きかけて閉じ、首を振った。  「説教は後だ。ドクも聞いてるか?」  「おお、おう!」  「いいか、今から俺が合図するタイミングで仕掛ける。まずシスが前の敵を蹴散らすから、その間にドクは一番包囲の薄いところを突破して、本隊に連絡を取れ」  「こ、こんな異常事態だぜ? もう分かってるだろ」  「万一のことを考えるんだ。いいな?」  「……隊長、俺だけ逃がそうとしてねぇか?」  疑わしそうに、ドクが聞いてくる。エルンストは一瞬目を逸らして、笑った。  「バカ、そんな余裕ないだろうが。誰かに助けを呼びに行ってもらうのは当然だろ、な?」  「……分かった」  納得出来ない様子ながら、ドクは引き下がった。シスとエルンストは頷きあった。  「それじゃ、いいか……」  シスがシステム起動準備をし、目を閉じる。ドクが操縦桿を握って唾を飲み干した。エルンストは深呼吸をし、カウントを開始した。  「3」  ギラ・ドーガがビームマシンガンを持ち上げる。  「2」  Ez8が加速体勢に入る。  「1」  BD一号機の目が少しずつ赤い輝きを放ち始める。  「GO!」  BD一号機が一気に加速した。殺到する数条のビームを軽々と避け、正面のデスアーミーたちに肉薄する。宇宙の闇にビームサーベルがの光が閃いた。デスアーミーの数機が一息で吹き飛ばされる。包囲網に間隙。エルンストは間髪いれずにEz8の後部バーニアを全開にした。迫るビームをギリギリで避ける。BD一号機の隣をすり抜け、Ez8はついにデスアーミーの群を突破した。  後方に向けてビームマシンガンを撃つと、すぐに隙間ができた。退避しかけて、ギラ・ドーガは迷うように振り返る。バーニアから焔を噴出しながら、Ez8の背中が遠ざかっていく。ギラ・ドーガは落ち着きなく交互に前後を見た。Ez8が向かった方向と、艦のある方向。  熱に浮かされたように、ドクの呼吸が荒くなる。髪一本ない頭からだらだらと汗が流れ落ちた。ドクはぎゅっと目を瞑り、  「……ち、ち、ち、ちくしょぉぉぉ!」  半ばヤケクソで叫びながら、ギラ・ドーガを前方に向けて加速させた。同時にビームマシンガンを連射。閉じかけた包囲網を無理矢理こじ開け、ギラ・ドーガもまたカチュアのいる方向に飛び出していく。  Ez8に続いて、ギラ・ドーガもまたBD一号機の脇を通り抜けていった。シスの唇に、儚い微笑が浮かんだ。  「隊長、ドク……お気をつけて」  デスアーミーの一機が、エルンストとドクを追って移動しかけた。その側面に、シスは冷たい視線を向ける。  「どこへ行くの?」  呟き、無駄がなさすぎる動作でBD一号機のビームサーベルを振るう。デスアーミーが真っ二つになった。その爆発を背に佇むBD一号機に、その場の全てのデスアーミーが向き直る。鬼の一つ目を象ったモノアイが、怒るような輝きを放った。持ち上げられる金棒。無数の殺意にさらされるシスの顔に、幼さに似合わぬ邪笑が浮かんだ。  「ふふっ……あはははは……」  聞く者も答える者もない高笑いが、狭いコックピット内に反響する。シスの額に逆三角の紋章が浮かび上がり、それを起点として不気味な文様が肌を埋め尽くしていく。唇が愉悦に歪んだ。  「いいよ。教えてあげる。お前たち出来損ないの泥人形に教えてあげる。ただ戦うために、ただ破壊するために、ただ蹂躙するために……ひたすらそれだけを追求して作られた、本物の戦闘人形の力をね」  蒼い機体の赤い目が、禍々しい輝きを放つ。デスアーミーたちの金棒型ビームライフルが、一斉に光を噴出した。しかし、その貫く先に蒼い機体の姿はない。  「あははははは! 崩れろ潰れろ、壊れてしまえぇぇぇぇぇぇ!」  流星のような加速を纏い、シスの狂笑が響き渡る。BD一号機が、蒼い殺戮者となって子鬼の群を蹂躙した。