【彼女がなりたかったもの】692氏  「どこだ、どこにいるんだ……?」  宇宙空間に一機で漂いながら、ショウの駆るガンダムNT1は敵機の姿を捜し求めていた。  前を見ても後ろを見ても、光点を見出すことは出来ない。操縦桿を握る手に汗が滲んだ。  その時、前方の小隕石の影で何かが光った。ショウは慌てて機体を横に滑らせる。先ほどまでいた場所をビームが通過した。  「クッ……!」  狙いをつけ、引き金を引く。機体から放たれたビームが、小隕石を破壊した、が。  「いない!? うわっ」  敵機の姿がない、と認識するのと同時に、コックピットが大揺れに揺れた。ビームの直撃。赤いランプが点灯し、警報が鳴り響く。慌てて機体を反転させると、ビームサーベルを構えたギャプランが突っ込んでくるのが見えた。ショウは悲鳴を上げる。ギャプランのモノアイが間近に迫る。あまりの迫力に、ショウは思わずぎゅっと目を閉じていた。  「YOU DEAD」  そんな声が聞こえてきて、ショウはようやく目を開けた。コックピットは、無傷のまま存在していた。モニターには、戦闘の経過などの記録が事細かに流れている。  「……シミュレーターだったっけ」  ショウは荒い息を吐いた。全身に嫌な汗を感じる。ハッチを開いて外に出ると、そこは宇宙空間ではなくトレーニングセンターの中だった。反対側のハッチを開けて、ラナロウが姿を現す。こちらはショウとは反対に、余裕の表情である。ショウを見るなり、  「下手くそ」  「こら」  ミリアムが後ろからラナロウの足を蹴る。  「いってぇ! 何すんだよ!?」  「そうやっていちいち挑発的なこと言うんじゃないの!」  「下手くそに下手くそって言って何が悪いんだよ!?」  「思っても言わない方がいいことだってあるって、何で分かんないの!?」  ショウそっちのけで、ミリアムとラナロウが怒鳴りあう。もうすっかり恒例化したやり取りである。実際、周りで思い思いにトレーニングしている誰もが、「またか」という感じの、素知らぬ顔をしている。  「いえ、いいですよミリアムさん。僕が下手くそなのは事実ですし……」  「でも」  「へっ、本人がいいって言ってんだ、お前が出る幕じゃねぇんだよ」  ラナロウがミリアムの額を人差し指で小突く。ショウはおそるおそる、  「ラナロウさん」  「何だ?」  「さっき、確かに小隕石の方からビームが飛んできたのに、ギャプランはその反対側から来ましたよね?」  「ああ」  「あれ、どうやったんですか?」  「あれはな」  ラナロウは親指でシミュレーターを指しながら、説明し始めた。  「このゲーム、出撃するときに武装選べるだろ」  「そうですね」  ショウは頷く。実際、先ほどガンダムNT1がビームライフルを装備していたのも、出撃時にオプションで選択したからだ。  「だから、俺もビームライフル持ってってよ、小隕石の後ろにほっぽり出して遠隔操作で撃ったんだよ」  「え、そんなこと出来るんですか!?」  ショウは驚いた。ラナロウは得意顔で頷き、  「へへっ、知らなかっただろ? ま、あんま柔軟な真似が出来るのもこの俺がエースパイロットだから……」  「なに言ってるの」  ミリアムがラナロウの腰を叩く。  「そういう使い方は私が教えたんでしょ? 大体、エースパイロットって言ったって、成績自体は一回やったっきりのマークさんの方がずっと優秀じゃない」  「んだと!?」  「ホントのこと言っただけでしょ。私が教えるまでは移動するかビーム撃つかサーベルで切るかぐらいの操作しか知らなかったくせに」  「う……」  ラナロウは言葉に詰まる。ショウは慌てて、  「で、でも、逆に言えば、それだけしか知らなかったのにここまで生き残って、いい戦果を残してるラナロウさんは凄いパイロットだってことですよね!?」  「えー。でもね、ショウ君」  今度はミリアムが口ごもった。ラナロウは勝ち誇ったように胸を張り、  「ヘッ、分かる奴には分かるってことだよ! MSにも乗れないようなど素人のチビは引っ込んでろってんだ」  ミリアムはキッとラナロウを睨み上げ、  「乗れない訳じゃないわよ。大体、突撃バカのあなたが生き残ってきたのはデスアーミーがあんまり強くなかったからでしょ!?」   「なっ……テメェ、俺の腕をけなそうってのかよ!?」  「何が俺の腕よ! 対人戦じゃ突っ込んで撃墜するか、突っ込んで撃墜されるかのどっちかしかないじゃないあなた!」  「倒せりゃいいじゃねぇか!」  「実戦じゃ一回倒されただけで終わりでしょ!? それに、これはゲームじゃないって何回言えば分かるの!」  「ゲームじゃねぇか、対戦モードまであるんだからよ!」  キーキー喚くラナロウと、キャンキャン吼えるミリアム。これぞまさしく犬猿の仲である。しかし、そんな騒がしい二人の傍ら、ショウは暗い顔で俯いていた。  「何してるの?」  後ろから静かな声をかけられて、ショウは慌てて振り返った。そこに、トレーニングウェア姿のシスが立っていた。  「シ、シス!?」  少し顔を赤くして、ショウはシスに向き直る。シスはスポーツタオルで汗を拭きながら、無表情に、  「どうしたの」  「ん、と」  ショウは気恥ずかしそうに目をそらしながら、  「今の話、聞いてないよね?」  「……聞こえてた」  「え、本当? 近くにいたようには見えなかったけど」  「……遠くでも、よく聞こえるようになっているの」  そう言うシスの目は、少し暗かった。ショウはそのことを奇妙に思いながらも、  「ミリアムさんの言うとおり、デスアーミーはジムなんかよりもずっと弱いと思うんだ。動きは遅いし、皆バラバラに動くし」  「そうね」  「だけど、それなのにいつも苦戦して、撃墜されかかってばっかりの僕は何なんだろうな、って思って」  ショウは落ち込んだ声でそう言った。シスは無言。ショウは慌てて、  「あ、ごめん。こんなカッコ悪いこと言って」  「ううん。そういうのじゃなくて」  シスは少し考え、  「ショウ」  「え」  「ラナロウさんみたいに戦えないの、当然だと思う。ショウは子供で、まだ戦いの経験もあまりないから」  そういった内容のことを言い慣れていないらしい。どこかたどたどしい口調でシスは言った。ショウは納得がいかない様子で口を尖らせ、  「だけど……子供だって言うなら、シスだって同じじゃないか」  初めて、シスの表情が目に見えて変わった。少し辛そうに顔をゆがめ、  「ワタシは……違うから」  「え?」  「それじゃ」  それ以上何かを訊く暇を与えず、シスは去っていく。何も言えずにその背中を見送りながら、  「そりゃ、僕は君より弱いよ……だから、情けないんじゃないか」  ショウは悔しそうに、そう呟いた。