【星のきせき】190氏  あれは、天使だろうか。  眠りから覚めて、己が寝心地の悪い寝台に横たわっている事を確認しながら、シェルドは胡乱げに一人ごちた。  高速艦であるヴェサリウスはコンパクトな外見に似合わずしっかりとした内装をしており、比較的快適な生活空間を乗組員に提供している。さすがに士官の個人部屋に比べればちゃちなものだが、それでも劣悪すぎて眠る事も出来ないという訳でもない。  寝心地が悪い、と言うのは、言い訳だ。  ――夢見が良い。いや、悪いのだろうか。  白く、気高い姿だった。真っ白い天使が炎に焦がされながら燃え尽きていったその夢を、シェルドは目を瞑って忘れようとした。なんだか不吉な気がして、しかし何か心躍るような気がした。  もう、行かなくてはならない。  目を開ける。既に同僚はMSデッキに向かったのだろう、影も形も見えず、自分ひとりだった。濃緑の軍服をしっかりと締め、MSデッキへ走る。作戦開始時間までの休息はもうすぐ終わりだ。  ――その時、もう、僕には迷いなど無かったのかもしれない。 「――生き残ったのは!? アークエンジェルは生きてるか!?」 「わ、わかりません……!? いえ、ちょっと待て下さいこの反応は!?」  三番ドッグに停泊、半舷休息状態にあった一隻の強襲揚陸艦は、突如のザフト襲撃に混乱状態にあった。艦長シートでぷかりぷかりと無煙パイプを燻らせていたゼノン・ティーゲル大佐と、古今東西のニュース速報を流し見ていた通信兵であるパメラ・スミス伍長は一瞬動きを止め、次いで爆発の振動によってそれぞれ頭を強く打った。  ザフト奇襲――  中立コロニー、ヘリオポリス。地球連合が密かに最新鋭万能艦を建造しているとの情報により、もはや中立にあらず――とザフトに判断され、奇襲攻撃および新型奪取作戦が行われた、偽りの大地。かりそめの平和を謳歌していたそこは、今まさに地獄の扉が開かれたところだった。  パメラの切羽詰った報告に、ゼノンは唸り声で返した。 「……それだけではあるまい、三機盗って二機残すなんざ考えんだろう。 こっちの機体はどうだ、ジュナスをブリッツ二号機で出せッ」 「イェーガー戦時大尉を待たないんですか?!」 「牽制と囮にはなる! なるべく派手に無理せず囮になれと伝えろ!」  どうせ貰いものだ、と心の中で呟き、乗員の乗艦名簿に目をやった。尻に火が付いたのだろうか、既に乗員の八割は乗艦しており、ブリッジクルーも全速力で上がってくる途中だった。そう思っていると入り口がスライドし、苦虫を噛み潰したような表情のビリー・ブレイズ伍長が敬礼もそこそこに憮然とした表情で操舵席につく。そのすぐ後ろを滑るようにニキ・テイラー少佐がやって来て、澄ました顔でゲスト・シートに腰を下した。彼女は作戦立案等を担当するため、緊急の場合、例えば今などはブリッジに居なくても別に構わないのだが、いささか酔狂の嫌いがあるこの才女は実戦経験を積むいう名目で何時もブリッジに上がっている。 ブリッジクルーが揃った事で、艦が生き返る。 「機関始動!」 「――機関始動、メインエンジン点火」 「イェーガー大尉、乗艦しました。ストライクでの出撃を許可、リアム少尉の援護を!」 「艦長、のこりのXナンバーは」 「まだ報告が上がってない。獲られると思うか」 「思いますね。そろそろ報告が上がるでしょう。パメラ伍長?」 「はい――リアム少尉より、イージスの強奪が確認されました。でもストライクは……」 「どうした。自爆でもしたか」 「いいえ、識別信号は青、味方です……で、でも誰が」 「……味方が乗り込みましたか」  ニキ・テイラーは愉快そうに口元を引き上げ、 「――面白い。ただのガンダムかどうか、判断する良い機会です」  ――記憶持つもの。  彼らは自然的に発生し、そして引き寄せられるかのように集い来る。誰がそう呼び出したのか定かではないが、その呼び名は彼らの中で自らを証明する一つの証となった。  その記憶は好む好まずに関わらず、泉のようにあふれ出る。断片的に、しかし確実に。  そうして彼らは戦い出す。覗く記憶の、その意味を求めて。  けれど、と少年は思った。  戦う事が好きなのだと。 一体だれが決めたのだ。 「……こいつ、め!」  ブリッツのシールド一体型ビームサーベルは、機体の性能も相まって他のXナンバーよりも間合いが広い。それはつまりジンの直剣と比べるならば圧倒的に有利であるという事で、それのおかげかジュナスはすでにジンを二機ほど撃破出来ていた。 『よおおい、ずいぶんやる気になってるじゃねぇか。 俺手伝わなくてもいい?』 「何言ってるんですか援護してくださいよ!?」  だが、エルンスト・イェーガーの軽口を流す余裕は無い。いまだに四方から銃口が向けられ、回避する事に精一杯だ。直撃を受けていないのは、単に敵機の一部がイージスの援護に向かったからである。その敵機は急激に機動するストライクに、なすすべなく撃破された。  操縦しているのは、  ――技術仕官……いや、民間人?!  背後で突撃銃を構えようとしていたジンが爆散した。エルンストの搭乗するストライクが、エールパックの翼に飛行雲を靡かせてジュナスの背後に付く。 『あっちのストライクは大丈夫そうだな。こっちもとっとと片付けるぞ』 「了解、でもなんだか変な感じがします。こう、首元が圧迫されるような」 『そりゃおめぇ、……後続か? まさかコロニーをぶっ壊すわけじゃないだろうが』 「わかりません。それよりあっちのストライクは本当に放っておくんですか?」 『今から行ったってなんもならんだろ。それよりちゃっちゃとお仕事するっ』  ストライクがビームを放ちながら飛翔する。コロニー重力の関係からジンの数倍の速度で舞い上がり、上空から再びライフルを撃った。慌てて回避した一機に背後から接近したブリッツがサーベルを一閃、動力炉を避けて真っ二つにする。敵軍は動揺からか、大した反撃も出来ないまま全滅した。  ブリッジより通信。同時に被ロック警報。パメラの幼さを感じさせる声。 『イェーガー大尉、リアム少尉、そちらにD装備のジン五機が接近中。それと、シグー一機がカスタムメビウスと交戦中、じきにそちらの戦闘区域に到達します』 『おいおいおい?! 奴らコロニーをぶっ潰すつもりか、すげぇなジュナス当たったぞ』 「言ってる場合ですか! はやく止めに行かないと」 『二機じゃ無理だ押しつぶされる。ブリッジ、艦長、嬢ちゃんは出せるか?』 『――ヒースローをか? まだ戦闘訓練も終わってないぞ。使えるのか』 『大丈夫だ、坊主がお守をする。だな?』  突然自分に振られて、ジュナスは大層困惑した。クレア・ヒースローは今の自分よりも拙いひよっ子だが、その操縦センスは中々のものだ。出てきても死ぬ事は無いだろうとは思うが、個人的な感情から言えば出てきて欲しくないし、そもそもお守とはどういうことか。  沈黙していると肯定ととられた。 『よおおい、坊主、とりあえず先行してミサイル背負った阿呆の鼻っ面に一発入れるぞ』 「――了解。クレア……ヒースロー軍曹、いや少尉が来る前に終わらせましょう」  無意識の内にそんな事を言っていた。言った後にしまったと思ったが、案の定エルエンストはがははと笑って弄ってきた。 『デュエルの発進準備急げ! 支援砲撃に徹しろ、ただしコロニーに傷をつけるな!』 『デュエル二号機、発進準備よろし。クレアさん、調子に乗って落とされないで下さいね』 『――まあーかせなさい! クレア・ヒースロー、デュエル二号機、いっきまーす!』  けたたましく発艦するデュエルを遠く後方に、ジュナスのブリッツとエルンストのエールストライクは加速する。遠くレーダーに赤い五つの光点が、その右九十度に赤い光点と青い光点が一つずつ、その近くには一際青く輝く光点――オリジナル・ストライク――が点滅する。  まるで、ガンダムのようだ。  ふと、ジュナスはそう思った。敵の襲撃、民間人の起動、そしてツインカメラとV字アンテナ。符合する事が多すぎると考えて、そもそもその符合する元とは一体何なのかと気付いた。デジャ・ビュが、ジュナスの脳裏を駆け抜ける。  振り切るように、ジュナスは前を見た。俊敏な運動性を誇るXナンバーでも屈指の機動力をもつブリッツは、こちらの強引な操作に良く付いてきてくれる。けれども、ジュナスには違和感が付きまとっていた。機体重量もトリガーも軽すぎる。漆黒の機体は小さすぎて、大げさに回避運動をしてしまう。なにより遅い。どうしようもなく遅い。加速能力も最高速度もまるで話にならないと、記憶の奥底が語りかけてくる。しかし、未だに新兵の域を出ない自分が、モビルスーツを操っている事自体が可笑しいのだ。なのにこの違和感はまるで特定の機体と比較しているよう。  ――比較しているのだ。  きっと記憶の自分は、ブリッツよりも重く、大きく、しかし速い機体を駆っていたのだろう。  けれども今はそんなことを気にしている状況ではない。すでに正面ディスプレイには五機の不細工な影が写されている。ジンの両脇に巨大なミサイルを二基ずつ積んだ、対艦攻撃用Dユニット装備型ジン。その攻撃力は使い様によってはコロニーさえも破壊可能。  ――あれ? 「エ、エルンストさん。あいつら対艦装備ですよね?」 『おう。コロニーシャフトにぶち込んだらコロニーが崩壊するな』 「でも対艦ですよね?」 『対艦だな』 「じゃあ普通は艦船を攻撃するんじゃないんですか?」  エルンストは沈黙した。通信を聞いていたブリッジも沈黙を返し、 『そりゃそうだなぁ』 「何暢気に言ってんですか馬鹿アホかって言っても良いですか!? じゃ、じゃあ母艦が!」 『まてジェナス、狙いはこっちじゃない、アークエンジェルだ。今ローエングリンの発射を確認した』  言われた途端、モビルスーツの安定装置が機能を果たせないほどの地響きが起きた。浮かんでいたエールストライクはともかく、地表近くを進んでいたブリッツは前倒しになり、 ジュナスは思い切り額を打ちつけた。 『うわーいたそー。大丈夫かって一応言っといてやる。奴さんの目標が変わっても俺らの任務はかわんねぇぞおらしゃきっとしろ』  涙目のジュナスを笑いながら、エルンストは機体を上昇させた。ブリッツとデータリンクしながらライフルを掃射。トリケロス・ビームライフルもぎこちなく照準が合わされ、ストライクが狙った機体を撃った。狙われた右端の機体は有無を言わさず爆散する。だが四機は振り切るように加速する。向かう先はエルンストたちではなく、山肌から噴煙を突き破って現れた真っ白な船。地球連合の財力とオーブ技術力が結集した、最新式強襲揚陸艦アークエンジェル。ジン二機が巨大ミサイルを一気に撃つ。アークエンジェルに迫る八つの大型対艦ミサイルが推進炎を吐きながら突き進む。あっとジュナスは声を上げた。 『そこで私の出番よー!』 「ク、クレア? 君どこにいるんだよ?!」  かんの強い声が通信を介して耳に響く。クレア・ヒースローのデュエル二号機が、何故かエルンエストたちの背後ではなくアークエンジェルの側に仁王立ちしていた。そしてビームライフルをじゃきりと構え、迫るミサイルに向けて撃って撃って撃つ。光条の殆どは宙をきり、なんとか二基を撃墜する。 『あれ』  クレアの間の抜けた声が響き、ジュナスは肩の力が抜けそうになった。残された六基は、オリジナルストライクによって全て打ち落とされる。 『嬢ちゃん、あんまり坊主に心配かけるんじゃねぇぞー。はやくこっちこい』 『わ、私は赤ちゃんじゃなーい!』 「似たようなものだよクレア……」  呟きが聞こえたのか、クレアの怒ったような甲高い声が聞こえる。もう一度ジュナスはため息を吐き、  ――!  背筋を縦断し頭頂まで抜ける悪寒から、あてずっぽうに機体を倒した。 ――天使だ。 『……なんだこいつぁ!?』 『該当機種無し……未確認のMSです!』 『どういうことだ、どこから出てきた!?』  ――天使だ。  一瞬、戦場の全てが硬直した。コロニーを断つが如く一直線に落下してきた『それ』に、  ヴェサリウス第三突撃小隊シェルド・フォーリーは、  アーガマ第一モビルスーツ小隊ジュナス・リアム少尉は、 「「……うわああッッ!?」」  襲い掛かった。  トリケロスビームサーベルを振りかざす。大型ミサイルを立て続けに発射する。 『……ジェナス?!』 聞こえない。何かに後ろから押されるようにブリッツは切りかかり、 「……! ううあ」  大型ミサイルの直撃を受けた。 「……!」 『どうした、シェルド!?』  知らない。自分が何をしたのか知らない。突如現れた真っ白いその機体へ反射的に照準を合わせ、しかし襲い掛かろうとしている黒い機体を見てそちらに撃った。当たった。爆炎に飲まれて黒い機体は姿を隠す。  俺はいま何をした? 『……礼を、言うべきなのかね』 「!?」  通信。どこから? 共通電波でもない、小隊通信でもない、単一方向への指向性双方向レーザー通信。  ――天使が。 『――我が名はトールギス。少年よ、度々で悪いが――』  戦場の音が消える。通信が遠のき、視界が狭まり、シェルドには天使の声しか聞こえない。 『我が剣の冴、検分して頂きたい』  To be a next...