それはミリアム・エリンの言い出した「休暇」から数日たった日のことだった。  僕はそのとき、「休暇」で起きた事件の調査についてGジェネレーション隊司令部の応接室でミーティングをしていた。 「さしずめ『女だけの孤島』ってところですね、ユリウスさん」  いくつかのデータと証言を照らし合わせて、僕の調査助手をやってくれているオペレータがそんな風に言った。  B級ムービーのタイトルのようだと思いながら、僕は嘆息する。そんな呑気に命名している場合ではない。  だが彼女の言葉は、的確に状況を示していると思えた。伊達にガルン・ルーファスの補佐という形でGジェネレーション隊すべてを取り仕切ってはいない。もともと僕の同僚だった彼女がその縁でGジェネレーション隊の設立にも参加しただけだったのだが、前線を飛び回らなければならない僕の代わりに「システム」を理解している人間が本部にいなければならなかったので、彼女がその任に当たることになった。それが気がつけば、隊の中でもなかなかに重要な役職になってしまっている。  Gジェネレーション隊では軍隊から派遣された総司令のガルン・ルーファスが能動的な指揮権を一手に握っているが、対照的に彼女は受動的な指揮権を掌握していると言っていい。何らかの目的に従って「する」と言い出すのがガルンだとすれば、「システム」と照らし合わせて「してもいい」と言うのが彼女の仕事になる。必然、彼女はガルンに比肩する権力者ということになる。もちろん僕の代役として、だが。  ともかく僕は彼女の言葉を半ば無視した形で、自分の感想を口にすることにした。 「まったくもって奇異な現象です。これに近い事例は見つかりましたか?」 「今のところ、まだ……」 「でしょうね」  この僕だって聞いたことがない。生まれた時代がまるで違う者達が一同に会し、コミュニティを形成しているなど。  ――-この、僕のつくったGジェネレーション隊を除けば。  だから僕は、嘆息しながら呟いた。 「まったく……異常事態としか言いようがないですね」 The prodigy passes a night. 「そういえば、ユリウスさん」  とりあえず現状をまとめ、今後に向けた指示をいくつか出した後で、オペレータが微笑と共に訊いてきた。  研究所にいる頃から人気のあった人懐こい笑顔は今も変わっていない。「システム」の監督官という堅苦しい職務にもかかわらず隊員からも密かに人気があるのは、この笑顔のおかげだろう。  といっても、僕が彼女に興味を持っているわけではないけれど。 「何ですか?」 「珍しいですね、ユリウスさんが休暇の旅行に行くなんて」 「……余計なお世話ですよ」  冷たく返事をしてしまったけれども、彼女の言わんとするところはよくわかる。  僕は間違っても人付き合いのいい方ではないし、イベント好きなタイプでもない。研究所にいた頃も同僚と交流することはほとんどなく、食事や休憩さえ一緒にとることは少なかった。ましてや旅行なんて、一度も行ったことがない。  おそらく一番僕を誘い、そして一番僕に断られた彼女がそんな風に言うのは、至極自然なことと思えた。 「どういう風の吹き回しですか?」 「さあ……ね」  正直なところ、僕自身にもはっきりした理由はわかっていない。  ただ、なんとなく……こんな言葉を使うのは不本意だけれども、なんとなく行ってもいいかな? と思っただけなのだ。  その通りに言うと、オペレータは案の定、僕の言い分を信じていないようだった。 「なんとなく、なんてユリウスさんが言うわけないですよ」  僕もそう思ってるんだ。 「何か理由があったんでしょう?」  そうだったらそうと、はっきり言うさ。 「ひょっとして、出発前からこうなること予想してました?」  僕にだって……わからないことくらい……ある。 「それとも、何か気になることでもあったとか」  シェルドとケイが独房で何をしていたのかは気にならないでもない。 「……何か理由があったら、言いますよ。君に隠す必要はないでしょう?」 「あ! ひょっとして……」  やっと差し挟んだ意見をあっさり流して、オペレータはきらりと目を輝かせた。  あまり好ましくない表情だな、と思うより先に、彼女の唇が続きの言葉を紡いでいた。 「参加者の中に、気になる女の子でもいたとか?」  ……ほら、これだ。 「やっぱり歳が近いカチュアちゃんですか? それとも、フローレンスさんみたいな綺麗なお姉さんが好みなんですか? でも話が合うのは技術屋のケイさんですよね。ミンミちゃんもいいかな。クレアちゃんは元気で可愛いし、エルフリーデさんも凛々しくて素敵だし……あ、まさかパティさんみたいなのがいいんですか? ……一応言っておきますけど、ミリアムさんは相手決まってますから、ダメですよ?」  一気呵成に言って、オペレータはわくわくして僕を見つめている。よくもまあ、躊躇いなく評価を下せるものだ。  確かにカチュアは歳は近いけれども、彼女のように小うるさくてきゃいきゃいしたのは鬱陶しいだけだ。フローレンスは容姿端麗でなかなかに賢く、完璧超人のように見えるが優等生過ぎて面白みがない。ケイは確かに話は合うかもしれないが、それだけだ。ミンミはデニスの。クレアは元気すぎて僕がついていけなくなる。エルフリーデはあまり理性的なタイプではないから苦手だ。パティは彼女が言葉を濁したように、なんというかダメだ。もちろん、僕はミリアムに横恋慕するような人間ではない。  というようなことを一通り考えてから、僕は首を振った。 「楽しそうなところを残念ですが、そんな理由でもないですよ」 「えー……どうして隠すんですか」 「隠してもいません。ただの気まぐれです」  我ながら納得のいかない返答だが、そう言うしかない。 「とにかく、もう話は終わりでしょう。僕は部屋に戻りますから、調査お願いしますよ」 「はぁーい」  心底不満そうな返事をするオペレータに嘆息して、僕はその場を後にした。  本部に戻れば、僕は大きなホテルのロイヤルスイートに匹敵するサイズの部屋を与えられている。3部屋が接続されていて、本来はそれぞれを書斎、寝室、客間として使うようになっているらしい。  しかし、僕の部屋には書斎がない。基本的に僕の仕事はコンピュータ端末があれば済むものばかりで、それは寝室に設置してある。僕には広すぎる寝室だったから、それぐらい物があってちょうどいいくらいになっている。  同じタイプの部屋を使っているガルンは寝室と仕事部屋が別れていないと不満らしく、僕とは違って書斎を書斎として使っているらしい。僕はそんなものは、スペースの無駄だと思うのだけれど。  では、本来僕の書斎として用意された部屋はどうなっているのかというと――- 「ただいま。いるのか?」 「おかえりー」  部屋に入るとそこは客間になっている。その右奥に書斎、正面に寝室に繋がるドアがある。  すぐに書斎のはずの部屋を覗いてみると、見慣れた光景があった。  壁一面と言っても過言ではない大きさのスクリーンに映し出されているのは、どうやらミリタリームービーらしい。砲撃の雨が降る戦場を駆ける3人の男はそれぞれスティンガーを担ぎ、巧みに着弾痕に身を隠して進んでいく。先頭に立つリーダーらしき男の口許には短くなった煙草があって、一風変わった咥え方は恐らくその男のトレードマークなのだろう。 「こんな小陣地に、大袈裟なこった」 「ジオンはいつだってやりすぎるのさ。毒ガスに、コロニー落とし……やつらは、ほどほどってことを知らない」  そんな会話も聞こえてくる。どうやら一年戦争を題材にとったものらしい。それにしては生身にスティンガーと、変わった装備だ。  なかなかに手のかかった撮影技術でリアリティはあるが、男達の身のこなしにはどこか覚束ないところがある。所詮は役者なのだ、と思ってしまう僕はどうやらこの手のムービーを楽しむのに向いていないらしい。  心の中で溜息をついて、スクリーンから少し離れたところに豪奢なソファを据えてムービーに見入っている姿に、僕は声をかけた。 「今度は何を見ているんだ」 「ミンミちゃんから借りた昔のムービーだよ。ミンミちゃんがシェルドさんから貰ったものなんだって」  スクリーンに視線を向けたまま振り返ることなく答える。どうやらなかなかに気に入っているようだ。  僕はふうん、と頷きながら、時計に目を走らせた。ミーティングが手短に終わったおかげか、まださして遅い時間ではない。  画面では3人の男がMS-06ザクの足元に滑り込み、スティンガーを向けている。発射した。弾頭はザクのランドセルに吸い込まれ、直撃。その爆風に押されるようにザクは前のめりに倒れ、それきり動かなくなった。 「……なんと言うか、すごい話だな」  そんな感想を述べながら、ソファの脇に立つ。 「スティンガーがあるとはいえ、生身でザクを倒すなんて……思いついた人間はよっぽどのものだ」  よっぽどのバカか、さもなくば明らかに狂っている。荒唐無稽というのもバカバカしいくらいの筋立てだ。  しかし、僕はその辺りをはっきり口に出したりはしなかった。  言えば傍らの姿とちょっとした口論になるのが目に見えていたからだ。 「ね? かっこいいでしょ?」 「まあ……どうかな」  目を輝かせて聞いてくるショウ・ルスカへの答えは曖昧に濁して、僕はぼんやりと画面を眺めていた。  何故彼が僕の書斎にいるのかと言えば――-いや、まず何故僕の書斎がこんなホームシアターのようになっているのかと言えば、それはショウやカチュア・リィスの要望によるものだ。彼らと話しているときにうっかり使っていない部屋があるということを漏らしてしまい、耳聡いカチュアがそんなことを思いついたというわけだ。特に断る理由もなかったので彼らの言うとおりに部屋を改装したところ、それなりに盛況になっている。  今日のようにショウがやってくることが一番多いが、カチュアが恋愛映画片手にやってくることもあるし、アキラ・ホンゴウなどがアクション映画の鑑賞会を開いていることもある。時にはバイス・シュートがライブビデオを流しながら踊り狂っていることもあるようだ。  防音処理が完璧な部屋のだから、隣であっても何が行われているかは判然としない。誰が来るかはもちろん部屋に入れるときに把握しているが、それ以降のことはわからないのだ。まあ、何が行われていても僕には関係のないことだけれども。  ともかくそういうわけで、今日はショウ・ルスカが来ているというわけだ。 「僕はあまりムービーを見ない質だからな」 「じゃあ、今日は一緒に見ようよ!」  無邪気に、満面の笑みで言ってくるショウ。太陽が咲いたような明るさのそれに微笑だけを返して、僕は答える。 「残念だが、まだ少し仕事が残っているんだ」 「……そっか……ユーリィ、忙しいもんね」  ショウは一転してしぼんだ表情を見せる。直情的と言って差し支えないわかりやすさだ。  そして僕は続ける。 「だから、それが終わってからなら付き合える」  言い終わらないうちに、ショウの顔がもう一度咲いた。  待ってるから、と言うショウの言葉を背中で聞きながら、僕は寝室に入った。  無駄に立派な造りのダブルベッドが部屋の真ん中を占領しているが、はっきり言って僕には無用の長物だ。  その傍らにマホガニーの執務机が置かれていて、僕は司令部にいる間、一日の大半をその前で過ごしている。  そんなベッドと机、それ以外には瀟洒なクローゼットが壁際にあるのと枕もとにチェストに乗ったライトスタンドがあるだけで、我ながら実に質素な部屋だ。以前訪れたガルンの部屋にはよくわからない油絵や花の類があったが、僕にそういったものを置く趣味はない。したがって、必要最小限のものだけがあるということになる。  ドアを閉めれば隣室の音――-今でいえば銃弾が飛び交い勇壮な軍歌が流れるムービーの音は完全に遮断され、静寂が部屋を支配する。自分の鼓動さえ聞こえそうな無音の中で指を伸ばすと、コンピュータ端末の起動音が低く響き始めた。 「ふぅ……」  我知らず、溜息をつく。  このところで身についてしまった癖らしい。理由は、多分今自分で考えてしまう内容だろう。  物寂しい僕の私室は僕自身が最も慣れている環境であるのは確かだけれど、同時に嫌な思い出を浮かばせるものでもある。  孤独なアカデミー時代。僕は天才だったから、僕に注目する大人の他は周りに誰もいなかった。当然だろう、とは思う。まだローティーンにもならない子供が鳴り物入りで入ってきて、自分が評価してほしい相手はそいつの方しか向かなくなってしまったのだから。だから僕は、アカデミーでのほとんどの時間を孤独の中で過ごすことになった。唯一、今もオペレータとして僕についてきた彼女が時折声をかけてはくれたが、僕は他の人間に対するのと同じように冷たくあしらってしまっていた。  思えば、それ以前からひとりではなかった時間などなかったようでもある。特殊なプログラムに沿って育てられた僕は、本当に小さい頃から同年代と遊ぶということはまったくなかった。物心つく頃にはすでに幾つも年上の少年達と同じ事を学んでいたし、自分が何をしているのか自覚しないままにアカデミーへと入っていたのだ。友人なんて出来ようはずもない。  でも、その頃はそれが苦痛ではなかった。友人がいる。その経験がなければ、友人がいないことの孤独もない。  だから正確に言えば、僕の心に浮かんでいるのは「嫌な思い出」ではない。  僕にとって当たり前の、ごく普通の思い出が、とても寂しいものだったのではないか。そんな思いが浮かんでいる。 「……よくないな」  誰に言うともなく口にして、僕は起動を終えた端末のモニタに視線を向けた。  先日の事件の解明。僕の心にあるべきなのは、それだ。 「ハマーン・カーンに、リリーナ・ピースクラフト……それにフリーデンのクルー、か」  加えて、解析した島の映像にはサイコガンダムと思しき機影やエンジェル・ハイロゥと思われる物体が映り込んでいる。  最初に僕達を襲撃してきたのは、ガンブラスターとガンイージの混成部隊だろう、と推定された。  その編成は、自然と僕にある部隊を思い出させた。 「宇宙世紀、アフター・コロニー、戦後世紀が混在している……」  これまでに巡ってきたいくつもの時代を思い浮かべる。  確かに夢幻のような経験ではあるが、僕達は確かに彼らの生きた時代を、まさにその瞬間を過ぎてきたはずだ。それは取りも直さず、僕が今いるこの瞬間に繋がる歴史であったということだ。過去から未来へと流れる大河は決して重なることなどない。川上にいる者と、川下にいる者は決して巡り会えはしない。  そして確かに僕は……その理を破った。 「……誰か別の人間が、同じことをしている?」  そう考えるのが妥当なところだ。  一体誰が出来るのか、という問題はあるにせよ。  そうでなければ、自然にそうなったということになってしまう。  そんなことはありえない。 「いや……本当に、そうか?」  僕は呟き、キーボードに指を走らせた。アカデミーの頃から改良を加えつつ使っているシミュレーション・プログラムを用いて、頭に浮かんだいくつかの考えを試行してみる。  世界の持つ「恒常性」原理。「多重並行世界」説。「部分分枝」論。その他無数の、僕の研究のおこぼれに預かっている理論を当てはめても、やはり今回の事例に適合的な結果は得られなかった。例えば僕が殺されるだとか、消えてしまうというものなら、僕を異物として処理しようとした世界の行動だと推測できる。僕達の知っている存在がそこにいたのでなければ、多重並行世界のひとつだと考えることもできるはずだが、エルフリーデ・シュルツが遭遇したというレディ・アンは彼女と面識のあるレディ・アンだったらしい。この説も不適合。  そんな風にいくつか試してみて、僕はやはり自然現象ではないと判断した。 「……とにかく、データが少なすぎるか……」  先日の件では、ハマーン・カーンから出された条件――-滞在者の引渡し後、可及的速やかな退去――-のために充分な情報を収集することが出来なかった。これでは、推測できることもたかが知れているというものだ。 「やれやれ……?」  芳しくない状況に溜息をついた僕の耳に、乾いた音が届いた。  ドアがノックされる音だ、と気付いて、僕は書斎へと続くドアを開ける。 「どうした?」  聞こえてくるかと思った騒々しい劇伴はなく、思いのほか静かな部屋の入り口にショウが立っていた。 「まだ終わらないの?」 「ん、ああ……」 「ディスク、あと1枚で終わりなんだけど」  上目遣いにそう言うショウの手には白いリライタブル・ディスクがある。おそらく、ムービーの続きが入っているものだろう。  僕はショウの顔と時計とを見比べて、軽く頷いた。 「今終わらせる。少し待っていてくれ」 「ようやくメインディッシュのお出ましか」 「オードブルが多すぎて、腹にもたれちまうところだ」  少年ふたりが座ってまだ広すぎるソファに身体を預けて眺めるスクリーンの中では、迫り来るザクを前に「ジョー」と「ドク」が軽口を叩き合っている。これまでに見た数話のうちに、彼らふたりと「モロー」というのが話の中核を成すメンバーらしいということがわかった。話の大まかな筋立ては、「ジョー」以下2名の小隊が各地を転戦し、様々な戦場で敵軍と戦うというものらしい。  しかし僕の目には超人的な能力と幸運を持っている――-と描写されている――-3人よりも、脇を固める個性豊かな兵士達の方が魅力的に映る。 「使える戦力は、どれくらい残ってる?」 「キャタピラのいかれた61式が1両。先日捕獲したマゼラベース1両。スティンガーがふたつ。兵士七人。彼我兵力差は、オッドマン測定によれば、75対1ということになりますね」  例えば、「ジョー」の問いに落ち着いて答えたこの士官だ。最前線でなお数式と論理でもって戦況を見ようとするあたりが、いかにも学者くずれといった雰囲気をよく出している。それに余り大きな声では言えないが、ニキ・テイラーに通ずる部分もあるように思えた。そういえば、あの兵士は彼に似ていたな……など、不思議と次々に連想できた。ムービーに登場するデフォルメされた人格と、Gジェネレーションにいる個性豊かな兵士達とは、どうやら似通ったところがあるらしい。  そうして僕は、笑っている自分に気がついて、慌ててその笑顔を引っ込めた。  ムービーを見ながら笑うなんて、低俗な。そんな風な考えが僕の中にあるからだ。 「……よくないな」  思わず呟いてしまってから隣にいるショウの事を思い出して、まずいと思う。  天真爛漫なようでいて案外耳聡いところのあるショウだが、こと僕のふとした失言には口うるさい。もっと周りの人のことを考えなきゃ、と説教をくれるのだ。この天才の僕に。  だけれど、そうした説教が僕に影響を与えているということは、どうやら否めないらしい。今の僕の言葉を自分で失言だと思ったのが何よりの証拠だ。 「ショウ、今のは……」  スクリーンに視線を向けたまま弁明しようとした僕は、不意に肩に重みを感じた。  驚きに身体を強張らせたが、横目で窺った隣人の様子にその緊張は一瞬で霧消した。なんのことはない、睡魔に負けたショウがその頭をもたれかからせていただけのことだった。  そういえば少し前から、それまでは時折聞こえていた感嘆の声が聞こえなくなっていた。 「おい、ショウ」  僕は肩を軽く揺すってショウを起こそうとしたが、目覚める様子はない。  時計に目をやればすでに深夜と言っていい時間だ。まだティーンにもならないショウには活動時間外だろう。 「……無理をするからだ」  そんな風に呟いてみるが、ふと思う。  いつもであれば、ショウは適当な時間で僕に声をかけて帰っていく。そうして自室に戻っているのが普段のありようだ。しかし今日は、僕の仕事が終わるのを待っていてくれた。  そういえば、さっきショウが僕の部屋の扉を叩いたのは、いつも自室に戻る旨を告げに来る時間だった。 「まったく……」  規則正しい寝息を立てる顔を垣間見る僕は、自然と頬が緩むのを感じていた。そしてそれは、別に悪いことではないと思えた。  僕は自分が変わりつつあるのを自覚している。  陳腐な表現を使えば、人の情に触れた、ということになるだろうか。現場指揮官としてGジェネレーション隊に参加するうちに、ムービーのように個性豊かな人間達と接触を持つことになった。彼らなりの事情をもって僕達に協力してくれている隊員達は、僕を常識外れの天才少年とは見なさない人ばかりだった。もちろんこの僕の能力を評価してくれてはいるけれども、だからといって変に距離を置くことはない。むしろ、近すぎて困る人も多いくらいだ。 「んぅん……」  近しい人間の筆頭が鼻に抜けるような声を出して身じろぎするが、すぐにまた静かな寝息が戻ってきて彼が目を覚ます気配はない。  思えば、こうして直に他人に触れるのも、この部隊を起こすまではまったく、そしてショウに出会うまではほとんどなかったことだ。  それを考えると、ショウのこの無防備な人懐っこさがなければ、僕がこれほど急速に変わることもなかっただろうと思える。  しかし、それはいいことばかりではない。  他人と触れ合うことの暖かさを知ってしまったがために過去に孤独を見出してしまう寂しさを、そして日々仕事に追われその暖かさを存分に享受できない切なさを思いながら、 「……君のせいだぞ」  そんな風に口にしてから、ショウに寄りかかられていない方の手でしっとりした黒髪を撫でてみた。  彼にもっと早く出会っていればGジェネレーション隊の事業自体がもっと違ったものになったかもしれないと思う一方、彼に出会ったのが最後の旅で良かったと思う。今でこそこうしてリラックスする時間を持てているけれども、いくつもの時代を巡るGジェネレーション隊の任務中、僕にはプライベートと呼べる時間はまったくと言っていい程なかったのだから。  スクリーンの中では「ジョー」がザクを打ち倒し、自慢げに親指を立てているところだった。煤けた顔の「ドク」がそれに応える。 「悪く、ないね」  僕は口許を緩めて、何度目かのエンディング・テロップを見送った。  気がつくと、「友達」という言葉が胸に浮かんでいた。